動物病院 豊島区 東京都 久山獣医科病院

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動物病院 東京都 久山獣医科病院

皆さんが知っていると良いなと思うこと(資料閲覧の図書室も参考にしてください)
<MENU>
〇雑誌掲載の原稿 皮膚科の検査について/全身麻酔の教育講座/全身麻酔法総論・各論麻酔前評価
             人材育成について

〇基礎知識 Dog Speed ついて/かかりつけ医/犬や猫の自然とは?/老化と認知症介護について
         安楽死について/ペットロスについて/日常の注意とトレーニング/四肢や脊椎の病気のじょうずな管理

〇オーラルケア ハミガキとオーラルケア/正しい口腔内処置と無麻酔での口腔内処置の危険性
        口腔内処置の正しい手順

〇内科治療 薬について/抗生物質について/ジェネリック医薬品について/在宅での皮下点滴治療について
         処方食について/処方食(特別療法食)のネットやショップでの購入の危険性について

〇検査    検査の考え方/臨床検査について

〇外科手術 外科手術と麻酔について/手術の考え方と縫合糸の選び方
         体腔内の新生物・腫瘤(mass)を見つけたら/腹腔内に形成される肉芽腫について
         落下事故の対処

〇生活    肥満の影響と関連疾患/お肉の生食は大間違い〜百害あって一利なし/犬の問題行動
         エコを考えた暑さ対策/災害時の準備と心がまえ/放射線障害から動物を守る

雑誌に掲載された原稿
 最近、獣医師向け雑誌に寄稿しました原稿集です。古いものや短報、症例報告、マニアックアなもの、
お役に立ちそうもないものなどは掲載しておりません。
 
 皆さんのお役に立てるような、まとめの内容に限定しておりますが、研修医や臨床経験の浅い獣医師向けに
書いた原稿ですので、飼い主さんにも十分ご理解頂けると思います。ただし、内容全てを理解し、
把握して頂く必要はありません。軽い気持ちで、お読みください。

★1〜5 NJK(ピージェイシー(株)発行)
 
  2008年02・04・06・08・10月号より転載

★6〜9 CLINIC NOTE((株)インターズー発行)

  2008年12月号、2009年10月号、2018年01月号、2018年12月号より転載

★9 こちらをクリックしてください あり方に基づいた人材育成

★8 こちらをクリックしてください 麻酔前に行うべき評価

★7 こちらをクリックしてください アレルギー検査を行う前にすべき検査

★6 こちらをクリックしてください 全身麻酔法総論と各論

★5 こちらをクリックしてください 全身麻酔の教育講座5 麻酔の準備(麻酔計画・記録編)

★4 こちらをクリックしてください 全身麻酔の教育講座4 麻酔の準備(設備・器具編)

★3 こちらをクリックしてください 全身麻酔の教育講座3 インフォームドコンセント 当院での取り組み

★2 こちらをクリックしてください 全身麻酔の教育講座2 インフォームドコンセント

★1 こちらをクリックしてください 全身麻酔の教育講座1 まず考えるべきこと・行うべきこと

Dog Speed ついて
 おうちの子の具合が悪くなってすぐ病院に行ったのに、「重症です、手遅れです」と言われること、
なぜ多いのでしょうか。獣医さんが脅かしているわけではありません。

 まず第一に、動物は体調の変化のサインが見つけにくい、サインを出しにくい、ということがあります。
早く見つけたつもりでも、実は見逃していた、分からなかった、様子を見てしまった、などということが
多いのです。「病気に気づく理由は、人は兆候、動物の場合は症候(症状)」といわれます。

 例えば、胃腸炎の場合、人だったら食欲が少し無い、胃がもたれる、ムカムカする、お腹が痛いなどの
兆候が先に認められます。この時点で、食事を気にしたり(簡単な食事療法ですね)、
お薬を服用したり(民間療法です)、あるいは病院へ行かれるでしょう。また、元々お腹が弱いなどの
既往があれば、ご自分の体質がわかっていますので、その点も注意できるはずです。あわせて、痛みなどの
度合いで危険度の把握できる場合もあります(自分の身体となると、ここまで出来ないこともありますが)。

 これが動物になると、なんとなくおかしいな、という感覚があっても元気や食欲に大差がないと
目立ちません。その後、嘔吐や下痢に発展した症候が現れて、あわてて病院へ、ということになります。

 また、痛みや辛さの度合いも伝わりにくく、ここまでひどかったのか、なんてことが後からわかることも
多いようです。この点で言うと、定期的に検診を受けてもし身体に弱い部分があれば、治療などをしなくても
その事実を知っておくこと、あるいは気にしておくことは病気の予防や早期発見にとても役立ちます。

 加えて、以前発症した病気についても、しっかり理解しておくことでコントロールしやすくなります。
お家の子の性格や体質、サインなどもしっかり理解しておくことが大事ですね。

 第二に、サインを隠しやすいということもあります。我慢強いとも言えるかも知れません。
先ほど書いたようにどのくらい辛いのか判断しづらいということもあります。

 第三に、今回のタイトル、Dog speedという考え方です。Dog〜と言いつつ、Cat Speedでもあります。
「動物が病気になった場合、病気の進行の速度や身体にかかる負担の度合いが、人の7倍である。」
というものです。例えば、調子が悪くなって3日目に気付いたとしましょう。でも、この日数は人で言えば
3週間になってしまうのです。

 ここで、難しいのが、体調に変化があった場合どうするか、です。何でもかんでも病院へ行っていたら、
それは良くないことです。でも、様子を見ていたら手遅れになってしまいます。放っておく危険を冒すよりは、
わからないときは主治医にすぐ相談、これが一番かもしれません。

 主治医であれば、ある程度の性格や体質を把握しているので、必要な質問やそのお答えで、
来院の有無や今後の注意点などアドバイスしてくれるでしょう。特に、幼若期は病気の進行が早いですし、
体力もありません。性格や体質もまだ理解しきれていませんから、早めに行動を。もし、あわてすぎ、
心配しすぎでも、それは後から笑い話ですんでしまいます。でも、手遅れだったら後悔につながりますからね。

 そして、相談した内容、心配しすぎた失敗は、よく覚えておいてその後の生活に役立てれば、
ある程度の体調の変化には十分飼い主さんが対応できるようになります。失敗を繰り返し成長し、
失敗を生かすこと、これは大人になっても必要なことですね。

 結果的に、この三つの要素が重なる事が多く、なかなか病気が見つけられず、病状が進んでしまうことが
多いのです。神経質になる必要はありませんし、犬や猫のプロになる必要もありません。
その部分は僕たち獣医師に頼ってください。でも、くれぐれもお家の子についてはプロ、
ないしはエキスパートになって下さいね。

 Dog Speedの負担を少しでも改善できるのは、飼い主さんだけです。日ごろの生活とスキンシップ、しつけ、
相互理解、定期健診や予防などで7日を何日まで縮められるか、そこが飼い主さんの腕の見せ所、
お家のOwner Speed(負担を少なく出来る度合い?僕の造語です)を少しでも更新してください。

かかりつけ医
 かかりつけ医を持つことを僕は良く勧めますが、そのメリットについて、細かく書いてみました。あくまで獣医師側の
意見なので、患者様側からは異論もあると思いますが、これがまぎれも無い事実、です。

1、病気になる前に病院にかかることで、病院の技術や考え方を知ることが出来ます。その上で、
信頼できる病院か病気になる前に分かります。

#これがとても重要。病気になってから病院を捜した時、もしその過程で診療に不備が在れば、
直接生命に関わります。

2、病院へ行く事で、日常の注意点や生活環境、食事、しつけ、予防、病気についてなどを学ぶ事が
できます。また、病院へ行く事に飼い主さん自身が慣れることが出来ます。

#知識の「知るワクチン」が重要です。

3、飼い主さんの考え方や動物に対しての知識、弱点などを病院が理解することにより、より良い診療や補足、
指導が行えるようになります。また、そのやり取りの中で、お互いに信頼関係を作ることが出来ます。

#病気の予防だけでなく、最善の診療が行いやすく、細かいところまで配慮・相談が出来ます。

4、動物が病院に、スタッフに、その雰囲気に慣れることが出来、また診察を受けることにストレスを感じにくくなります。

#例えば、高齢であったり、重篤な病気を持った動物が、初めて病院へ行くと、興奮や緊張が過度になり、
病状の急激な悪化を招く事があります。

5、病院のスタッフが、動物の性格や体質を把握する事ができる。また、その変化を記録し、
経過を診る事ができます。

#例えば、体重を記録するだけでもその変化から多くのことが分かる。検査などで異常値が出ても、
その結果が急性なのか、慢性なのか、慢性疾患の急性化か、初見ではこの鑑別も難しくなります。

6、診療における不必要な部分を排除でき、診療のストレスと負担を最小限に出来る。また診察をしなくても
ある程度のアドバイスを行う事が出来るようになります。

#今までの経過が分かれば、情報からある程度の病状の予測が可能になる。また、経過から予防的な治療や
診断的治療が的確に行えやすくなる。慢性疾患や再発疾患の場合、早めに対処できるだけでなく、
効果的な治療法を選択しやすくなり、副作用なども事前に回避しやすくなります。

7、これらの蓄積から、飼い主さんも病院スタッフも身体の異常を見つけやすくなります。

8、基礎疾患や既往歴を知ることで、現状の把握と今後の予測が可能にあり、的確な診療が行えます。

#慢性疾患や再発疾患の場合、早めに対処できるだけでなく、効果的な治療法を選択しやすくなり、
副作用なども事前に回避しやすくなります。

9、今後の注意点が明らかになり、予防的な対策と発症時の的確な対処が可能になります。

10、夜間や休日の急患対応などの対応を受けやすくなり、また事前に打ち合わせができます。

11、以上のような交流から、病院と飼い主さんと動物、三位一体の信頼関係を作ることが出来、
最良のそして個々に合った(オーダーメイド)診療が可能となります。

 では、かかりつけとはどの程度のことを言うか?数年前にかかったことがあるとか、アドバイスや指導、
治療を守らないなどはかかりつけとは言えません。というよりも、かかりつけ医を持つメリットが全くありません。
では、かかりつけとはどんな状況を言うのでしょう。下記に簡単な例を挙げますが、これはいろいろな考え方が
あると思います。

1、病院の推奨する最低限の予防プログラムを行っている。

2、最低年2回は、病院の診療を受ける。
(特に、若い頃は年一回、中年期以降は年二回の定期健診をお勧めします)

3、体調や病気のことはもちろん、体重や食事の指導、生活環境やしつけ、
日常の注意点や予防的なアドバイスを受けたり、相談をしている。

4、簡単なことでも相談をしやすく、気軽に尋ねる事ができている。
 例えば、スタッフが少ない休診日や夜間など、今まで診療の記録があれば応急処置的な治療や薬の処方も
可能な場合も多いですが、全く経過のわからない子や初診の子にはそういう対応は不可能で、
むしろ危険かもしれません。

5、以上のことを、ご自分で理解し、必要と考えて行っている。


6、信頼できる病院か、しっかりと判断している。結果、信頼する病院をかかりつけ医として考えている。

 これらは、かかりつけを持つ、というよりも動物の健康を保つためにとても重要です。

犬や猫の自然とは?
 「犬=雑食、猫=肉食」だからそれを考えて食事やしつけをした方が良いという一見正しいように思えますが、しっかり考えると間違っている理論です。しかも残念ながら、皆さんが動物のプロと考える方から発せられることが多いセリフです。そして、納得してしまう方も以外と多い極論です。でも待ってください、犬も猫も人が品種改良し、人の家族となるべく作り上げた動物です。数千年の変化を経て今の姿がある犬や猫たちに、祖先とはいえ異なる動物を例に出してもそれはまったく別の種族です。

 人だって、動物の中で唯一理性があると誇られますが、その理性が働かない人間が多いから、犯罪や誹謗中傷、差別、偏見、戦争などなくなりませんよね。「人間らしさ」を示せない人が、固定観念で「動物らしさ」を決めて求める事、これ自体大きい矛盾でしかありません。

 野生動物でもなければ、野生に近い状態を保つ目的の動物園やサファリパークの動物でもありません。あくまで家庭で、家族として生活している彼らです。「現代の犬=雑食、現代の猫=肉食」なんて事実はありません。あくまで「犬の祖先=雑食、猫の祖先=肉食」でしかありません。今の彼らの消化の能力に生肉を食べる力も無ければ、何か一つのものだけを食べ続ければ良い訳でもなく、身体自身がそれを欲しているわけでもありません。生活環境の改善や医療の発達、動物への意識の変化の中でも特に、食生活の改善が寿命の延びや苦痛や病気の軽減に役立っている事を思い出してください。もちろん、間違った育て方をしても元気な子はいるでしょう。でもそれは、結果オーライであり、これからどうなるか分からない未来があり、少数派である事も忘れてはいけません。

 例えば猫は魚が好き、というのも海の国の日本で作り上げた固定観念。海がなく、川も水も少ない魚が希少な地で、猫は絶滅していますか?エジプトの猫の祖先たちは?砂漠にいる猫は、何を食べているのでしょうか?

 例えば、人の祖先は猿です。じゃあ、人もみんな裸になって、山に帰れば幸福になれるでしょうか?木の実や昆虫、沢蟹などを生のまま美味しく食べられますか?ボスを頂点にしてただ繁殖を行っていく生活が幸福ですか?祖先の猿の暮らしはあくまで今の猿に受け継がれるもの、人に受け継がれてはいません。

 野生動物であれば、不適切な食事を自ら選び、あるいは適切な食物を得る事が出来ず、死を迎えるのはその動物の運命であり能力の限界、これがいわゆる淘汰でありそれ故強い種が残っていくという訳です。そこに人に壊されない生活環境があれば、本来それが野生動物の「自然」であり、「らしさ」であるわけです。

 ならば自ずと分かってくるはずです。野生動物ではない犬や猫たちにこの能力を求めるのは誤りのないものねだり。これは「不自然な自然」であり、「らしくないらしさ」なのです。とすると、例えば食生活。飼い主さんにはフードを選ぶ事と食事を管理する事の責任の重さと事の重大さを常に感じて頂かなければいけません。安易に人に勧められたからとか、自分の好みだからとか、安いから、手に入りやすいから、これは×です。

 適切な運動やその場所、方法を提供するのも、責任です。彼らは自由に選ぶ事ができないわけですから。一見優しく見え、自然に見える「ノーリード」のお散歩も、不適切な場所でのドッグランも、体調不良の子のアジリティも、実は安全無視の危険行為になってしまいます。

 動物の老いや病を自然の摂理と考え、諦める方が多いのにも驚かされますが、動物が苦しんでいる時に「これは動物の宿命、淘汰だから」と見捨てて良いのでしょうか?自分たちが勝手に生活を共にしてきて、家族として接していながら突然急に野生動物として判断し、結果的に見捨てるようなことになってしまう事自体、むしろ無責任でひどいことではないでしょうか。これは、高齢になった子を「もう寿命だから」と見切ってしまうのも同じ行為。よく言えば自然、悪く言えば飼養放棄であり虐待です。

 もし今、飼い主さんも動物も楽しみながら、でも今後身体に負担になるような生活や食事をしているとしたら、今楽しいことを重視するのではなく、他に楽しいことを見つけてあげて、改善するべき事は例え厳しくても改善する。この生活を続けたら後で苦しむかも?と思い留まってもらうのが愛情です。

 中には、種類が猟犬だから物を追ったり他の動物を攻撃するのは当たり前とか、使役犬だから吠えるのは普通、なんて言い訳をする方がいます。これも大きな間違い。それは種の本能ではなく、動物の本能であり、しつけを怠っただけの話。それこそ、猟犬の能力を発揮するには本能に任せるのではなくトレーニングとしつけが重要で、彼らはルールを守るのが基本です。その部分は教えずに苦労を知らない子達に、本物の猟犬からすれば「名を語るな」ということになるでしょう。

 日本人に生まれれば、皆自然と礼儀正しくなり、奥ゆかしくなりますか?ずっとボクシングを続けてきた人は、すぐに人を殴ったりしますか?またそれが許されますか?九州の男性は皆亭主関白ですか?・・・。

 ルールは教えずに本能のまま行動することを良しとするのは土台無理な話です。なぜなら、人と生活を共に出来なくなる、愛されなくなる、だけではなく生きていくことすら出来なくなるからです。それはどんな動物だって、本能のまま生きれば好き勝手な事をするわけで、種の本能によるものではありません。それはただの甘やかしであり、わがままです。ましてや野生動物であれば、その後はすぐに絶滅していくでしょう。

 すべては、人の勘違いであり勉強不足であり、理解力の無さから来るエゴであり、固定観念です。しかも、ルールをわきまえない人が多い世の中で、動物にだけルールを厳しく教えるのも矛盾だらけ。恥ずかしい限りです。それを動物の幸福と押し付け続けた時、いつか人は動物から愛想をつかされたり、動物と楽しく生活できない日が来るに違いありません。

老化と認知症
 老化や認知症は、避けることが出来ないもの。長生きという幸福の結果訪れる衰えです。
 
 ただ、自分の愛するものが、元気な姿や快活な行動そして若さを失い、
体力的にも精神的にも変化していく姿と接する事は、とても辛い事です。その上でそれらを認識し、
認知症や老化と面と向かって一緒に生活をしていくことは、並大抵のことではありません。

 ただし、実際は老化や認知症と老齢にあらわれる病気の症状に、大きな差はありません。そのため、
獣医師にも飼い主さんにも、体調不良や病気であるにも関わらず、老化や認知症と決め付けて、
見過ごしたり放置したり、諦めてしまわれることが多々あります。

 また、気付いていても高齢だからもういいやと投げやりになったり、寿命を考えてどうせ長くないしと思ったり、
もう年だから自然に暮らそうと、誤った知識や考え方からむしろ放置になってしまうことも少なくありません。

 もう年だからではなく、そして寿命を考えて先を想うのではなく、せっかく長生きしたんだから、
今をもっと楽しくいて欲しい、もっと長生きしてもらいたいし、もっと余生を楽に暮らして欲しいと考えてあげましょう。
そしてそのためには、飼い主さんとして出来る限りの理解と努力、協力をしてあげましょう。

 中には、病気の予防や生活の管理を怠った結果から、あるいはその結果の病気から老化や認知症が発症し、
進行していくことも多々あります。これは、やむを得ない事情があったにせよ、
厳しく言えば明らかに飼い主さんに責任がある、作るべくして作られた病気だとも言えます。

 ならないようにする事、なった時にどうするか家族内で前もって相談をしておくことが大切です。そして、
もしそうなってしまった場合は、早く気付いて対処してあげる事、病院に相談して適切な対策を練ること、
そして一人で背負い込むことなく、周りの助けを求めながら介護をしっかり行うこと。
 
 認知症になるくらい幸福で長生きしたんだ。身体が衰えていく中で、頭がそのままではむしろ苦しむ事になる。
嫌な事を忘れ、聞きたくない事が聞こえなくなり、これは一つの幸福の形です。赤ちゃん帰りなんだ・・・、
いろいろな考え方や意見があります。そしてそれぞれ正しくもあり、割り切れない部分もあり難しい。結局、
飼い主さんと動物が納得する事が肝要なのでしょう。

 飼い主さんは、動物についてしっかりと理解し、人間本位ではなく、
人と動物がお互いに幸福な共生を行うことに努めなければいけません。そう、動物本位でもいけません。その上で、
人と動物がより良い生涯を送れるようにすること、最期までしっかり見守る事、この責任があります。

 なぜなら、コンパニオンアニマルの歴史は、「動物の自由を奪い、人が勝手に、生活に役立てるために、生活を共にする」
ことから始まっているからです。そして彼らは今でも、自分で生まれること、生きること、
死ぬことすら選ぶ事ができずにいます。

 人は動物を選べても、動物は飼い主さんを選べません。そういう点では、比較してはいけないとは思いますが、
人のご家族以上に動物に対しての責任は重いのかもしれません。

 もちろん、このようなことに縛られる必要はありません。が、理解したうえで老後や認知症、介護を考えていくと、
また違ったものが見えてくるのではないでしょうか。

 最近では、老犬専用のリタイヤ施設も見受けられます。介護やケアを考えた場合、
この施設はとても良いものだと思います。

 反面、預けられる動物を考えた場合、施設の体制を考えた場合、不安もあります。
以下は、ケア施設の設立について意見を求められた時の回答の一部です。ご参考になれば。

 飼い主さんと獣医師の個々の考えと努力によって、動物の老後は大きく変わってしまい、10の老犬がいれば、
10の老後になるような状況です。幸福な老後よりも不幸な老後が多い問題点だと思います。
 
 小さくて可愛い幼年期、元気に飛び跳ねる成年期、落ち着いて生活が出来る壮年期、
徐々に衰えを見せる老後という全てを受け入れるという最低限の約束で、動物を飼う事が人には許されるわけで、
そういう部分では自分に負担がある時になったら、悪く言えばホームに「捨てる」ことになりかねないことも考えられます。
あくまで、飼い主さん・動物が努力をした結果、現状では介護を続ける事が双方にとって不幸である、
これがホーム入所の最低の基準ではないかと思います。
 
 動物は飼い主さんの下で初めて安楽を得るという点が気になります。そして、どんなに認知症がひどくとも、
動物は飼い主さんを認知しています。どんなに設備やケアが行き届いていても、
飼い主さんと離される動物の悲しみに勝るものではありません。

 極論であれば、劣悪な環境でも飼い主さんとは離れたくない、これが動物の意識です。
 
 人が、介護の苦労から解放されても、動物は生涯飼い主さんへの愛情に縛られ、捨てられたという意識を持つならば、
これは不幸以外何ものでもありません。この点のケアが、動物・飼い主さん双方に必要と考えます。

 老犬ホームの設立には賛成です。介護に苦しむ方やお年寄りには朗報であると思います。
ただし、上記のような状況を理解した上で経営をして頂く事、同時に相談にみえる飼い主さんへの啓蒙、
自宅介護が適切である場合は入所をお断りして指導をするくらいの姿勢、経営とは相反するものと思いますが、
生命を扱う仕事であれば、またある部分介護という責任を担うおつもりであれば、
利益を顧みない部分も必要であると思いますし、そのような対処を望みます。また、その動物に主治医がいれば、
密に連絡を取る事でより良い環境が作ることが出来ると思います。

 老犬ホームという部分と、介護事業であるという部分(自宅介護の支援)も行って頂けるとより良いと希望します。
近隣住民との合意、設備と環境を整えること、充分な数と技術をもつスタッフ、道徳倫理の徹底、
飼い主さんへのカウンセリング、動物の行動医療などが徹底されれば、問題はないと思います。

 最後に、ペットブームに乗った利益追求の参入でない事を約束して頂きたいものです。動物病院も、利益追求に走る者、
手抜きに走る者、いろいろな犠牲を払って福祉と医療に邁進する者と三者三様です。実際に、動物本位の努力をすると、
人件費や設備費、時間と労力など決して見た目ほど楽ではなく、汚く地味で利益は出ない業種です。
その中で、顧客に迷惑をかけない経営努力をお願いします。

介護について
 介護は大変です。それは、家族であれば人も動物も同じです。「文句やわがままを言う分、人のほうが大変だ」
と言う方もいれば、「何も言ってくれないから、動物の方が大変」と言う方も。
 
 特に、それが病気ではなく老化や衰え、認知症であれば尚更介護される方も、介護する方も。なぜなら、
家族という身近な存在であり、他人事に出来ない事。責任と努力と自己犠牲が要求され、
目に見える成果や対価が見出せない事。ゴールが無く、改善する見込みもなく、結果が伴わない事。
完璧を求めればそこに上限は無く、いくらでも求め続けてしまうことが出来る事。そして、
愛する者の衰えを目の当たりにする恐怖と悲しみ、哀れみ、同情とやるせなさ。こんなはずじゃないという想いが、
相手を不甲斐なく思え、認めたくないという足掻きを覚え、
なぜこんな事になったのかというぶつけようの無い怒りを感じ、もっと何かが出来たんじゃないかという後悔・・・。
そして、そばにいる、背負っている者にしか分からない事情と背負い込まざるを得ない状況。

 介護する場合必要な事は、独りではないという気持ちを持つ事、周囲の援助、助けを求める素直さ、あきらめる潔さ。
状況を受け入れ、前向きに考え行動する事。出来る事を精一杯行い、そこに満足感を持つ事。
自分なりのゴールを見据え、成果と報酬を設定する事。自分のけじめ・・・。

 成果や報酬って?もちろん、自分がリラックスできる時間や余暇、趣味を持つ事。美味しいもの食べたり、
遊びに出かけたり、旅行に出かけたり。そして、それに後ろめたさや申し訳なさを感じずにしっかり楽しむ事。
でもそれ以上にうれしいのは、周りからの労いや褒め言葉。そして、介護した結果の笑顔や和らいだ表情、言葉、
愛情、時折見られる病状の好転と昔の面影。

 どこまで出来るか、ではなく何が出来るか、何をするべきかを見極め、成果も結果も人それぞれで、
家族それぞれで。あの子は〜だ、あの人は〜だった、あのうちは〜・・・、こんなの関係ありません。
介護する方とされる方の関係は、他人からは絶対にわかりません。お互いにしか分からない気持ちの絆が、
心の繋がりが、そして時間をかけて築いた信頼があるからです。

 でも、分かっていても出来ない事があります。イライラして表情や態度に嫌な気持ちが出てしまったり、
声を荒げてしまったり、つい手を上げてしまうことも。そして、その後の自己嫌悪と自分への怒り、憤り。
スーパーマンにはなれません。

 でもそれは、究極の愛情の裏返しであり、ちょっと行き過ぎてしまっただけ。気持ちが入りすぎたから。
他人事や第三者だったら、どんなに楽か、そう距離が近すぎただけ。もしそんな事があったら、一言ごめんなさいと、
心から謝りましょう。すぐに許してくれるはず、忘れてくれるはずです。
そして、その分のその後の介護で挽回してあげられれば。

 老化や認知症は、身体の防衛反応だとも言われます。身体が衰え、頭だけしっかりとしていれば、
成長を続けてしまったら、それだけ身体に歪みが生まれ、いろいろな事が蓄積され続け、いつしかその重みに、
そのゆがみに押しつぶされてしまうでしょう。

 頭だけ赤ちゃんに若返り、せめてこれ以上負担を増やさず、嫌な想いを増やさず、今までの思い出を大切に、
他は忘れてしまう。これは、脳が作り出した自己防衛なんでしょうか。嫌な事を忘れてしまうこと、
思い出さないことは幸福の一つかも。じゃあ、楽しいことがあっても忘れてしまうのは?楽しいことは、
それを感じた瞬間瞬間に味わえるから大丈夫なんでしょう。

 最期の幸福な時期に、一緒に過ごせる事を、大切にする想いを持って、
そして介護や介護される側から教えられることがたくさんあることに驚きつつ、自分も成長していけるように。こんな、
美辞麗句では済まないのはわかっています。きれいごとばかりではない、と言うのも分かっています。だけど、
そんな想いだけでも持っていられれば、幸福と感じられる瞬間が介護の中に絶対に見出せるはずです。

 介護を指導する時、このようなお話をいつもしてきました。そして、僕らが動物の介護に優しくなれるのは、
それが仕事で、動物は患者さんで、僕らは第三者で、その瞬間だけ頑張ればよくて、距離が持てるからなんだよと、
介護に悩む方にはお話していました。そして、いま自分が介護する側に立った時、その話の正しさと、
でもそれでは済まない難しさ、これに毎日悩んでしまいます。答えが出て、納得が出来たと思ったら、また迷う、
この繰り返し。でも、その積み重ねで何かが変わっていくのでしょう。

安楽死について
 当院の方針として、安楽死は極力行なわないようにしています。もちろん、改善する見込みのない、
更なる悪化が予測される苦痛や辛さを他の方法で取り除いてあげられない場合、
安楽死に勝る治療法はないとも言えます。
 
 ただし、楽になるだけでなく、飼い主さんとお別れしてしまうこの方法を、果たして彼ら動物たちは
望んでいるのでしょうか。人間以外の動物は、自殺をしません。人は、感情に大きく左右され、
そしていろいろな欲が強いためこのようなことが起こるといわれています。美味しい物が食べたい、
お金が欲しい、きれいな洋服が着たい・・・などなど。それでは、動物が生きる目的は何でしょう?

 それは、飼い主さんと楽しく一緒にいることなんです。そして、欲はありますが、
それ以上に純粋に生きたい為に生きているのです。
 
 だから、彼らは生に対して純粋に生き抜くことを選択し、頑張ってくれるんです。その結果、
重病でも治ることがあり、奇跡が起こることもあります。もちろん、甲斐なく亡くなってしまうことも
あります。ただこのような場合、頑張ったことを嘆く必要はありません。彼らは、精一杯自分たちの力を
使って、望み通りの事を行なっただけなのですから。
 
 安楽死は、その彼らの目的を真っ向から否定してしまうものなのかもしれません。安楽死について、
目を背けずしっかり考え、相談していかなければいけません。

 もちろん、頑張りすぎる彼らに頑張らないで良い事を教えてあげるのも、飼い主さんのお仕事で、
それが安楽死という行為につながることもあります。

 安楽死を考える場合、飼い主さんが動物の苦しむ姿を見たくない為に選択したり、お別れをしたくない
という理由で拒否をしたり、人間本位の結論を出すことは避けなければいけません。そのため、ある程度の
判断基準が設けられています。この基準は、特別なものではなく、獣医師であれば誰もが感じることであり、
皆さんにお話しする内容です。難しいものでもありません。この基準を参考にしつつ、獣医師と相談、
家族と相談、おうちの子と相談、これを繰り返し行ない検討することが、正しい結論(後悔のない結論)を
見つける方法になるのではないでしょうか。

 ただ、個人的な意見として、欧米流の考え方と日本の考え方は若干違うと思います。
極端な話、例えば欧米では鳥が怪我をして飛べなくなってしまった時、飛べないことは鳥にとって不幸である、
ということで安楽死を勧めるケースが多くなります。もちろん、正しい考え方であるかもしれません。

 でも、飛べなくても、ある程度快適に暮らし、飼い主さんの負担も抑えられるようであれば、
ぼくは生きていて欲しいと思います。だって人だって、身体に不自由があったり、病気を持っていたり、
生活が苦しかったり、いろいろな問題を抱えながら、でも生きがいを持って、楽しく生きている方は
たくさんいらっしゃいます。飛べなくても、鳥であることには変わりはない、かわいい家族には変わりがないと
思うんです。情に訴えてはいけないことかもしれませんが、家族の事を考える時、情が入るのは当たり前だと
思います。
 
 当院では、動物がまだ生きる意欲を示している、耐え切れない苦痛や辛さがない事、飼い主さんの負担が
まだ受け入れられる範囲内である場合、安楽死は相談のみに留め、お勧めすることはありません。

ペットロスについて
 「ペットロス」とは、日本語で直訳すると「愛玩動物喪失」という言葉になります。愛する動物(家族)の死という別れによる、普段経験することのない体験を言います。一般的には、精神的・肉体的な喪失感や辛苦、虚無感、悲しみ、苦痛を表す言葉として使われています。

 「ペットロス」は、決して悪いことではありません。愛する家族を失ったわけですから、悲しいのは当たり前です。この悲しさは、他人が理解できるものでは到底ありません。その大きさや表現の仕方もその方によって千差万別です。

 僕が、家族とお別れした飼い主さんに必ずお話しすることがあります。
1、生きている間に後悔のないよう、今出来る事を全て精一杯やってあげましょう。

2、亡くなった時、美味しい大好物、きれいな花、楽しいおもちゃ、みんなの写真など、いろいろな想い出の品を供えてあげて下さい。出来れば、他の動物たちや縁の方たちにも会って頂いたほうが良いですね。

3、亡くなった今、精神的・肉体的苦痛からはもう開放されています。おうちの子を心配する必要はなくなりました。逆に、彼らが飼い主さんを心配しています。心配をかけたら、遊びに行きたくても行けなくなってしまいます。

4、今は、思いっきりたくさん、愛情の分だけ泣いて下さい。その悲しむ姿を見て、どれだけ自分たちが愛されたか、彼らは満足できるのです。

5、悲しみからいつまでに立ち直るか、なんて期限はありません。気の済むまで悲しめばよいし、他人の目を気にする必要はありません。ただ、身体の負担になったり、生活に支障のある悲しみは短めにしておきましょう。彼らは、そこまで悲しんで欲しいとは望んでいないと思います。また、飼い主さんを心配し続けている彼らを苦しめることになるかもしれません。前にも書きましたが、犬や猫は飼い主さんの幸福を第一に考えて生きてきました。亡くなった今、せめて飼い主さんの順位を二番にして、自分たちのことを一番に考えるようにしてあげても良いのではないでしょうか。それでも、必ずそばに居るんですから。

6、出来れば嘘でも良いので、葬儀に出す際は、無理してでも笑顔で送り出してあげてください。そして、褒めてあげてください。しっかりと生き、皆さんを癒してくれたことを。

7、肉体は離れても、心はいつも一緒に居ます。たぶん、気配や足音なんかは残っているかもしれません。遺骨にこだわることはないとは思います。ただ、納骨の時期は、宗教的にもいろいろとあると思いますが、気が済むまで一緒にいて良いのでは?そして、いつかは出来ればゆっくり休める所に納めてあげましょう。飼い主さんのそばに居すぎると、また彼らは気を遣っているかもしれません。

8、楽しかった想い出、たくさんの表情やしぐさ、これだけはずっとずっと心に残してください。そして、思いだしてあげてください。このために、彼らは精一杯生きてきたと言っても過言ではありません。そしていつか、笑顔で想い出を語り合い、楽しくお墓参りをして、そんな時を迎えてあげてください。

9、これだけ動物を愛したこと、立派なご家族を持たれたこと、看護や介護を頑張ったこと、しっかりと死と向き合ったこと、ご自分を褒めてあげてください。自信と誇りを持って、威張ってください。

10、いつかまた動物を家族に迎えたくなったら、それは亡くなった子達のおかげです。彼らがとても良い子だったから、楽しい想い出をいっぱいくれたから、いろいろな事を教わり教え、癒し癒されたから、幸福だったから、また家族を迎えたいと思うわけです。それは亡くなった子達への一番の褒め言葉であり、感謝であり、彼らも喜んでいるはずです。実際に迎える、迎えないに関わらず、その心境を得られることこそ、幸福なのかもしれません。

 それではなぜ、「ペットロスに陥ってはだめ」、と言われるのでしょうか。そもそも、陥るって何?
陥るとはつまりどん底に落ちてしまうこと、そしてそこから抜け出せないこと、です。悲しさのあまり精神的に変調をきたしてしまう、体調を崩してしまう、一過性のものであればそのような苦労を乗り越えることは可能でしょう。でも長期になれば、さらに深く傷付いてしまいます。最悪は、ペットロスに陥ったご自分を責める事になったり。

 きっかけになるのは、以前にも述べた過干渉、依存、現実や死から目を背け続けた事、突然の出来事、他人の心無い言葉や態度、重度の虚脱感、後悔などになります。特に他人の言葉や態度、これがきっかけになる事が多いようです。「動物が死んだくらいで」とか「他にも代わりはいるよ」とか「いつまで悲しんでるんだよ」とか。励まそうとかけた言葉が大きな傷になることも多いようです。中でも、獣医師の態度や言葉の影響が大きいため、僕らも努力と反省と細心の注意が必要です。
 
 ただ最後に苦言を。過干渉や依存がペットロスの原因になる場合は、飼い主さんご自身にも責任があります。そして、生きている間にも動物たちを苦しめているはずです。距離が近すぎて、依存しあうこと、これは生あるうちでも人も犬も不幸であると言えます。全てが過剰にならないよう、時には自問自答してみましょうね。行き過ぎた愛情は、偏愛であり、エゴでしかありません。

 また、生ある動物と生活をする際、いつも死を意識するなんてことは不幸だと思いますが、生活が始まるときだけでも、老いを感じたときだけでも、この子達を失う事があるんだということ、これは絶対に考えて頂きたいことです。実際に僕がうちの子にそれをやれている?ペットロスにならない?内緒です。僕も、続けて二匹の愛猫を亡くしました。そして愛犬も。自分の無力さを痛感しました・・・。

 僕はいつも思うことがあります。本当に、病気の最期の最後で、何で彼らはあんなに頑張るのだろう。もしかしたら、飼い主さんにお別れの準備をしなさいという事なのかな、と。「このまま、すぐに私が居なくなったら辛いでしょ。もう少し頑張るから、その間に心の準備をしてください」と、言っているような気がします。もちろん、その間に彼らもお別れという辛いことの準備をしているのでしょうね。彼らの気持ちを、無駄にしないように。

日常の注意とトレーニング
〇基本
・トレーニングは動物との共生に必要なことであり、動物に社会性を教え、人が学ぶ機会でもあります。人の都合の良いように動物を操ることではありません。お互いを理解することができ、動物が人と楽しく息苦しくなく暮らすために、たくさんの人たちから愛されるようになるために必要なことです。
・動物に信頼されるリーダーになること。負けないように、でも威張らないように。リーダーがいなければ、動物は頼る相手がいなくなり、自分で家や縄張りを守らなければいけなくなり、それは大きなストレスになります。リーダーがいれば、守ってもらえるという安心感から頑張る必要がなくなり、ストレスから解放されます。
・まずは、トレーニングの方法を人が学びましょう。そして初めに得意なことを作ること。スワレ、フセ、マテ、オテなどをしっかりと覚えること。
・動物は自分でできることが少なく、野生動物の強さは本能を持ち合わせていません。そのため過保護は必要ですし、大切です。反面、動物にとって辛いことは人の過干渉と過度の依存です。動物の一番のストレスは、「人」が作っているのです。
・愛情はたくさん必要ですが、態度と時間にメリハリをつけること。人から動物への依存は動物を苦しめ負担になります。動物の人への依存は、動物を弱く、不自由にします。
・動物は「サプライズ」や「スペシャル」が苦手、「平穏無事」が大好き。変化に弱い子たちですから、生活や食事の変化は負担になることが多いです。急なプレゼントや豪華な食事などの人が喜ぶような「サプライズ」は、動物も人の愛情を感じて外面上は喜びますが、それ以上に身体には大きな「ストレス」になり、体調不良や病気の原因になっています。
・何か我慢をさせた後で、たくさん褒めても、プレゼントを与えても、動物はその時嬉しいだけで、前の苦労を忘れるわけではありませんし、フォローにはなりません。
・いろいろな姿勢で遊べるように、身体の至るところに触れて寛げるように、そうなると動物は怖いことが減ります。

〇クレートトレーニング
・クレートやケージは、決して「檻」などではなく動物にとっては安心できる「巣」となります。ケージがないと、家全体が「巣」となってしまい、それは広すぎて大きすぎますから、動物は落ち着くことができなくなります。そのため、気に入った場所を必ず作るようになりますが、しっかり囲まれたケージは、野生動物の樹洞(じゅどう)や空(うろ)、洞穴などと同じ感覚になります。
・必ず楽しい所として覚えてもらいましょう。慣れない子は、ケージ内で食事を与えたり、遊んであげることで、寛げるようになります。ケージ=楽しい・寛ぎとなるように。
・留守中や夜は、できるだけケージで過ごすようにしましょう。ゆっくり休み、眠ることができますし、誤食や外傷、災害から守ることができます。
・動物が人と寝ることは、人の寝返りや体動で動物の眠りが浅くなり、人の体温にも影響を受けてしまいますので、良いことではありません。また、環境衛生やしつけの面でも人にとっても良いこととは言えません。たまに、のお楽しみにしましょう。

〇叱るとき褒めるとき
・ルールを破ったら、毅然とした態度で叱ること。時と場所、状況、人などは選ばず、どんな時でもルールを守ることを徹底すること。
・叱るときは、言葉(声符)や動作(指符)を決めること。名前で叱ってはいけません。・体罰は絶対にいけません。ただし、反抗的な態度や行動をとった場合やαシンドロームには、体罰ではなく、人の力を見せないといけない場合はあります。
・反抗的な態度を取ってしまう場合は、原因は「人」にあります。動物のルールや考え方を人が誤って理解した結果、それを動物が感じとって誤解したり、「人」を甘く見てしまっていることが多くあります。
・吠えて呼んだり、攻撃的になったり、興奮が治まらないような時は、無視をしてください。この無視は、目も合わさなければ声をかけるようなこともしてはいけません。あまりにひどい時は、叱るときの声符や指符をしたあと、ケージに入れましょう。この時の罰は、ケージに閉じ込めることではなく、人が無視をすることです。ケージ内で落ち着いたら、褒めてあげてから外に出してあげましょう。
・5つ教えて3つ褒め、2つ叱って良き犬とせよ。褒めることは、叱ることよりも大切です。褒める声符や指符も決めておくと良いですが、褒めるときは目いっぱい、手放しに褒めてあげましょう。例えそれができて当たり前のことでも。
・褒め過ぎは「特別」なことになり、結果的に過度のプレッシャーやストレスになります。ご褒美は、10回に3回くらいで十分、褒め方も飼い主さんがたくさん褒めてあげればそれで十分、プレゼントやおやつは必要ありません。
・何かができたときに毎回褒めていると、その行動が正しいと理解せずに、褒めてほしいからその行動をとるようになってしまいます。さらに、関心を惹くためにもっと褒めてもらうために、ずっとし続けてしまうこともあります。例えば、トイレを褒め過ぎると1日50回も100回もトイレに行く子がいます。

〇遊びについて
・遊びの主導権:遊びの催促には無視をすること。諦めたら、その後に飼い主さんから得意なことをする機会を与え、出来たらそれを褒めてから遊びを始める。どうしても催促がやまない場合は、得意なことをさせて一度止めてから遊ぶこと。
・ひもやおもちゃで引っ張り合いの遊びはしない、やむを得ずする場合は必ず負けないようにして、勝って終わること。

〇おもちゃについて
・動物に常時与えているおもちゃは、人は一緒に遊んではいけません。動物に人が借りて遊んでもらったことになります。
・遊びの催促を止めた後、一緒に遊ぶおもちゃを人が保管場所から出して、遊ぶこと。遊び終わるときも、おもちゃを人に返すことを教えること。返せない場合は、諦めずに取り上げること。そして目の前で、また保管場所にしまうこと。
・遊び始めるタイミングをコントロールされる相手は、動物はリーダーとして感じます。そして大好きなおもちゃを管理する人もリーダーとして感じるとともに、自分が及ばないことができる相手を強いと感じます。

〇散歩
・散歩は、動物の運動や排泄のためだけでなく、人とのスキンシップをとること、楽しく過ごすこと、動物の見回りをしたい本能を満たすことなどが大きな目的です。さらに、物の動きや光、音、風、匂い、いつもと異なる地面を感じることは、身体にとても良いことです。
・動物と一緒に外出するときは、出口でスワレやマテをさせて、人が先に外に出て、褒めて外に出してあげます。家から先に出ることは、強い者が行うことです。

〇出迎えや見送り
・動物に見送りや出迎えをさせてはいけません。それは、優位の動物が行うべき行為だからです。
・お出かけのときは、特に動物には声をかけずに外出してください。「出かけることは自然である」こと、「留守番は普通」のこと、「独りでも怖いことはない」ことを理解してもらうことが大切です。声をかけることは、「留守番は特別」なことや「これから独りになる」こと、「独りになることは恐怖」であることを脅迫することと
なり、むしろ動物はストレスになります。
・本来の動物の出迎えは、自分の場所でじっと待ち、褒められたら喜ぶという形です。出迎えに対しては、無視をしてください。足でいなしたり、声をかけてもだめです。そのうえで、着替えや片付け、手洗いなど外出後に済ますべきことを終えたのち、改めて一度得意なことをした後、褒めてあげて、遊んであげてください。

〇その他の動物の原則例
・動物の食事は、人の食事の後に。食事の順番が上下の順番となる動物には、人が食事をするのを見せること、その間は我慢して待つことから、リーダーが誰かを理解します。
・動物が寝ている場合、よけて通ることなく起こして通ります。よけて通る者が弱者になるからです。

〇シニアの行動の変化
・シニアになると、今までなかったトイレの失敗やいたずら、無駄吠え、出来ていたことができなくなるなどの行動の変化が認められます。老化や認識不全症候群(認知症)を疑うことが多いのですが、その前に実は考えなければいけないことがあります。それは「わがまま」あるいは「手抜き」です。人も動物も年をとると多かれ少なかれ頑固になり、わがままになり、少しずるくなります。
・と同時に、以前行なっていたようなトレーニングをしていないことが多く、また人もシニアということで甘やかしていることも多くなります。いわゆる「たがが外れた」状態でもあります。
・このようなときにわがままなのか認知症なのかを鑑別するのは医学的には難しく、神経症状が同時に認められるときは神経学的検査やMRI検査などで診断が可能なこともありますが、基本的には難しいと言わざるを得ません。
・実は簡単な鑑別法があります。それは、動物病院で行う診療中の身体検査や治療、処置、臨床検査などの態度を診ることです。大半の子は、自宅ではわがままを言っても、動物病院では良い子で我慢できます。認知症である場合は院内で今までできていたこと、我慢できていたことができなくなる傾向にあります。病院でわがままを言わないということは、行動をしっかり使い分けているということ、環境や相手を見て理解して判断できているということになり、認知症ではありません。
・自宅での鑑別法も簡単です。それは昔からの通りしっかりと叱ることです。叱られてその行動の変化が消えるなら、叱られたことを理解してのことですので、認知症とは言えません。叱っても変化の表れない場合は、認知症の症状を叱ることは無意味ですので中止しましょう。
・わがままが見つかった場合の対処としては、以前と同じ生活にすることや甘やかしをやめることですが、特に10分間トレーニングが効果的です。
・もちろん認知症が軽度にあって、そのうえでわがままになっている場合もあります。この場合は、認知症であることを考えなければいけませんが、ほとんどの場合は前記の対応で間違えありません。

〇10分間トレーニング
・動物が得意としていることを朝晩2回、10分間ずつ徹底して行うトレーニングです。動物と人がしっかりと向き合い10分間続けなければいけませんが、どうしても動物が集中できない時や時間が取れない場合は、短い時間で終わってしまうこともあります。このようなときもトレーニングの終了時は、必ず人が主導権を持って、最後にもう一度行ってから褒めて終わりを告げましょう。
・この際、褒めるときは簡潔に、褒める声符や頭を撫でる程度にします。どうしても難しい場合は、慣れるまでご褒美を与えても良いです。
・具体的な方法ですが、例えば「スワレ」「ヨシ」を声符にしているなら、「スワレ」→お座りをする→「ヨシ」→立ち上がる→「スワレ」→お座りをする→「ヨシ」→立ち上がる、これを10分間続けるだけです。

〇人は動物を選べますが、動物は人を選べません。
〇動物に人は癒されますが、人は動物を癒していますか?
〇頭の悪い動物はいません、教え方を考えてみましょう。
〇性格の悪い動物はいません、接し方を考えてみましょう。
〇可愛くない動物はいません、可愛さを見つけてあげましょう。

整形外科疾患をじょうずに管理するには
◎動物は我慢強い、適応する
 動物は痛みや不快感を我慢したり慣れてしまい、耐えてしまいます。大げさに訴える子(仮病)もいますが、隠してしまう子の方が多いです。ちょっとしたサイン(症候)も見過ごされたり理解されなかったり、特に早期発見や軽症の子の症状を見極めるのは困難です。
限界を超えて初めて跛行を呈し〜肢を庇い、歩き方がおかしい等〜痛みや違和感を表す症状が出ます。でもその時は、すでにかなり前から痛みに耐えていた可能性が高く、すでに重篤になっているなどの苦労を動物に強いることになります。

〇悪化や進行は、下記のように起こります。
@患部(特に骨、軟骨、関節、靭帯、腱)の損傷

A炎症

B変形・変性・増生

C機能障害

D衰え、合併症(筋肉の萎縮や関節可動不全)
  患部の筋肉や腱、靭帯(以後軟部組織)の障害
  他の部位(他の骨・関節・軟部組織・肢・脊椎・・・)の障害 

◎悪化を最小限に防ぐ
 患部に起こった炎症や変性、疼痛が、持続すること、再発を繰り返すことがさらに悪化を助長します。症状がひどくなる前に、気づいてあげること、対処してあげることが大切です。

→サイン(症候)を見つけてあげよう
 疼痛や麻痺、違和感、不快感は、重篤な場合や突発的なものでない限り、いきなり肢をかばうようなことはありません。症候と症状での差をご理解いただくと判別しやすくなります。

◇症候  ●症状 
◇身体に触れることや抱かれること、撫でること、ブラッシングなどを嫌がるようになる

●抱かれるや触れた時キャンと鳴いたり噛みついたりする、重篤化すると近寄るだけでも同様の反応となる

◇性格や行動の変化、患部を舐めるようになる

●元気や食欲、活動性が低下する

◇起立時や歩きはじめに数歩のみ肢をかばう

●歩調の乱れや歩様の変化、跛行、歩行障害、運動不全、起立不能など

→簡単な確認の方法
起立時に肢を握る(上腕または大腿):筋肉の萎縮があると細い 、力が弱いと軟らかい                     
肢の先を持って持ち上げる:負重が軽いとすぐに挙がる(痛い方)
                 挙げるのを嫌がる(調子の良い方)

◎積極的な治療と保存療法が必要になります
 それほど重篤でない場合、一時的な安静や少し休むと炎症や痛みは自然と治まる事もあります。が、必ずその間にも少なからず進行する可能性があり、また治まったとしてもそれは完治ではないため、慢性化や重篤化の原因となります。早期発見とともに早期治療が重要です。

→治療の方法は?
 症状が重い、あるいは症状はそれほどではなくても病状や検査結果が悪い場合は、治療が必要になります。
1、関節軟骨と運動機能の維持:コンドロイチン、グルコサミン、キトサン、コラーゲンなど
  抗酸化剤:カテキン、フラボノイド、ポリフェノールなど
  上記効果を併せ持った漢方薬
  軟骨破壊の阻止:グルコサミノグリカン
  即効性はありませんが、これらのサプリメントには消炎効果もあります。

2、冷却、湿布、安静(最低1〜2週間の運動制限)、
  レーザー・赤外線・温熱・低周波などの理学療法
  消炎鎮痛剤:非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDS)
  副腎皮質ホルモン(ステロイド)

3、上記の治療法に加えて
   マッサージ、リハビリテーション、温水浴、ジェットバス、プール運動
   適度な運動や運動制限
体重管理や減量、
適切な食事(良質のタンパク質やカルシウム・リンなどのミネラル、コラーゲンなどをバランスよく)
環境整備(滑りにくい場所や段差、階段のない場所等)、飼養形態の検討

 ( ..)φリハビリテーション:1日2〜3回(1回20〜30回)の伸展・屈伸・負重運動
               筋肉のマッサージ、アロマテラピー
               適度な運動(ゆっくりしっかりとした歩行、早歩き、小走)
特に水中の運動、上り坂の歩行など
               肢端をしっかり接地させる運動

4、外科手術
 
◎内科治療の問題点
〇対症療法が主体となることが多く、完治が望めない場合が多い

〇中等度以上の疾患では、再発を繰り返しやすく、その度に治療が必要になる

〇患部および他の肢や関節、脊椎等が徐々に悪化してしまう

〇長期または生涯にわたる管理が必要

〇徐々に治療効果が出にくくなる

〇副作用などの問題で、治療の継続が困難となることが多い

最終的な治療は、残念ながら外科手術となります。まず、外科手術の適否を検討することが重要です。手術のメリットは、疾患によっては完治が望める、変形や合併症・他部位への影響を最小限に抑えられる、内科療法よりも予後が良いなどがあげられます。
 
 ただし、整形外科手術は患部を正しい形に治し、疼痛や違和感を取り除くことや軽減することはできても、外科手術だけで機能を全て回復することは不可能で、機能が回復するためのスタートラインに立つための外科手術であるとも言えます。リハビリテーションをはじめとした内科治療を併用は必須であり、機能が回復して初めて完治となります。

◎特にこれはやめましょう
〇階段の昇降、や家具、段差などへの飛び乗り降り
〇前肢や腋に手を入れて抱き上げる、下に降ろす時少し高いところから手を離しジャンプさせて降ろす
〇特に負担をかける動作:後肢のみで立ち上がる・跳ねる、狭い所でクルクル回る、クルッと振り返る
                フリスビーやアジリティ、首輪のリード、すべる など

 このような運動を続けていると、健康な動物でも四肢や脊椎を傷めることが多くなります。特に運動の管理は重要で、治療効果に大きく影響します。不適切な運動や行動の管理は、治療の失敗や病変の進行、悪化が起こり、抑えようのない痛みや歩行障害、神経麻痺、老化を引き起こします。

◎治療はしっかり、そして最後まで
 治療効果は、早ければ施療後すぐにでも現れます。が、あくまで治療で症状を抑えているだけで、治癒したわけではありません。再発や悪化、慢性化を最小限にするには、徐々に治療を切り替えながら、治療無しでも症状が抑えられるか、経過を診なければいけません。

 例えば、外科手術であれば運動を徐々に増やすことやリハビリなど、内服薬なら減薬やサプリメントへの移行(できればサプリメントは最低3ヶ月、重篤の場合は生涯必要)、理学療法なら施術間隔の延長など。治療を早く離脱することも大切ですが、その後極力良い状態を保つためには、緩徐な離脱ないしは最低限の継続が必要になります。

◎治療が終わったら
 治療の終了や最低限の継続治療になって、それでも再発が認められなければ一安心です。再発や悪化に気をつけて、決して過干渉になりすぎないよう、注意して看てあげてください。

◎外科手術について
 各疾患についての外科手術法は次のとおりです。
〇脊椎疾患/椎間円板疾患:背側椎弓切除術、片側椎弓切除術、椎間板造窓術、脊椎固定術
                  経皮的レーザー椎間板減圧術(PLDD)、キモパパイン注入法

〇股異形成:大腿骨頭骨頚切除術、三点骨盤骨きり術、人工関節置換術

〇膝蓋骨脱臼症:十字靭帯および側副靭帯、半月板損傷の確認と整復
           膝蓋支帯鱗状重層縫合術および大腿骨滑車溝形成術
           脛骨粗面移植術、大腿筋膜移植フラップ固定術

〇十字靭帯断裂:十字靭帯や側副靭帯および半月板損傷の確認・整復
           関節包外安定化術、大腿筋膜移植フラップ関節包内安定化術
           人工靭帯

〇離断性骨軟骨症:軟骨片切除術および関節腔内遊離体摘出術

〇変形性骨関節症:骨軟骨症病変・骨増殖体・遊離体の摘除、滑液吸引除去
             関節切除形成術、関節固定術
  
◎外科手術が必要な場合
〇内科療法の効果が不十分  〇再発を繰り返す  〇他に効果的な治療法がない

〇障害(疼痛、変形、機能不全、麻痺など)が重篤である

〇他部位への影響が著しい

 このような場合、外科手術が必要となります。もちろん、外科手術を行わずに完治することが一番ですが、逆に外科手術が遅れることで病態の重篤化や慢性化になることの方が危険です。一般的には、整形外科の疾患は、外科手術でなければ治せない場合も多く、悪化や他の部位に波及する前に治すためにも早期の外科手術が勧められることが多くなります。
 
◎各手術法は、
〇患者さんの年齢や品種、体格、飼養環境

〇疾患の重篤度と他部位への影響

〇合併症の有無と程度

〇基礎疾患・併発疾患の有無と程度

〇他の治療法との比較と予後判定

 などを考慮して選択しますが、原則として各治療法と併用して行います。

◎手術の問題点
〇重篤な症例に対しての成功率や再発率

〇全身麻酔や外科手術、術後管理の負担  

〇完治が望めない場合 

〇一時的に他部位の運動器官の負担が増大する  

〇数回の手外科術が必要な場合

〇術前治療や術後管理がしっかり出来ない場合

ハミガキとオーラルケア
 ハミガキは、とても大切です。なぜなら、歯石の予防だけでなく、歯周病や口内炎・歯肉炎の予防にもなるからです。ついでに口内をしっかり見ることで、健康管理にも繋がり今後の体調や老化にも大きく影響するからです。例え今すでに薄く歯石がついていても、これ以上悪化させないためにすぐ始めることが、そして続けることが大切です。

 すでに歯石の付着や歯周病の可能性がある方は、全身麻酔の元、口腔内処置を徹底してきれいにしておく事が重要です。口内の洗浄・消毒後、超音波スケーラーで歯の表面だけでなく、歯周ポケットや歯肉退縮部の歯石を除去し、ポリッシングにて歯を研磨します。超音波でも歯の表面は薄く削れてしまいので(もちろんエナメル質は徐々に再生されます)、スケーリングのみでは歯石が除去できても、歯の表面の薄い創にすぐ付着してしまいます。そのため、このポリッシングも重要です。

 同時に、X線検査や視診、触診で歯肉や歯根の様子を観察し、すでに病的な要素が多い場合は、重点的な洗浄や薬剤の注入、レーザー治療、歯肉の切除や抜歯を行います。

 歯周病がなく、ごくわずかな歯石の付着(歯周ポケットや歯根に付着がない)の場合は、無麻酔で簡単に歯石除去が出来る方法もあります。まず口内を見せてくれること、ある程度処置が我慢できることが前提となりますが、今は歯の表面をそれほど傷つけずに歯石をはがせる器具もありますので、簡易に行うこともできます。また、効果は不確かですが歯に塗るだけで薄い歯石が取れやすくなる薬剤もあります。

 飼育書などで、「年2回の歯石取り(口腔内処置)を」なんてことが書いてありますが、これは論外。それには、理由があります、それも常識的で考えれば分かるような理由があります。

1、年に2回の処置ということは、全身麻酔も年2回行うということです。全身麻酔は、もちろん安全に行えば問題はありませんが、身体の負担になるのは事実です。しかも、高齢になった時にもこれが続けられるでしょうか。もちろん、答えはNo。ましてや、口腔疾患の治療であれば必要ですが、たかがハミガキに全身麻酔なんてもったいないと思いませんか?

2、処置後、結局ハミガキをしなければ、歯の状態はすぐに悪くなります。ハミガキをしなければ、歯垢は3日間、歯石は7日間で付着してしまいます。もって1ヶ月、早ければ半月。ということは、年2回の処置を行ったとしても、歯がきれいなのはせいぜい2ヶ月、残りの10ヶ月は結局汚いまま。ということは、1年の大半は歯周病ということとなります。

3、何事もそうですが、汚く、そして悪くなってからではその害は必ず残ってしまいます。汚く、悪くしないことが大切です。

 ハミガキが重要なことはこれでご理解いただけたと思いますが、なぜなかなか実施できないのでしょうか。ずばり、面倒ということもありますが、動物が嫌がることが最大の原因でしょう。ではなぜ嫌がるのか、答えは簡単、ハミガキを知らない子に、口を触られるのを嫌う子に、突然身体を押さえられ口に何かを突っ込まれたら、それは嫌に決まっています。

 人だって、赤ちゃんの頃からおしゃぶりや歯固め、ハブラシのおもちゃを自分で咥えて慣れていき、お母さんが優しく磨き始めて、お話をしてやっと出来るようになるものです。じゃあ、動物の場合どうすればよいでしょうか。

1、幼齢時からハミガキの癖をつけるのが一番。また、口や耳、眼などいろいろなところに触れて、いろいろな姿勢をとらせて、触れられることへの恐怖心を取り除くと共に、スキンシップの楽しさを教えてあげましょう。

2、まずは、口の周りを触る練習。1日5〜10分、口の周りに触れたり口唇をめくってみたり、それに慣れたら口を開けてみたり、遊びを兼ねて慣れましょう。終わった後は、褒めてあげること。例えば、食事の前や散歩の前など楽しい気分になる前に行うのも効果的です。くれぐれも急ぎすぎないこと。

3、口の中に指を入れましょう。といっても、口を開ける必要はありません。口唇と歯の隙間に指を突っ込むだけ。嫌がらないようなら、指で歯の外側をこすってあげましょう。

4、指にガーゼを巻き、水で濡らして3、の要領で外側だけ磨いてみましょう。

5、指を入れたまま口を小さく開けて、内側を磨く練習です。

6、ハブラシや薬を使ってみましょう。

7、口を大きく開けて磨けるようになれば完璧。

 ハミガキは、毎日、毎食後行うことが理想ですが、なかなか出来ないこともあります。そんな時は、デンタルリンス(上記4以降、指やハブラシにつけてもOK)の滴下を日常行い、ハミガキが出来ない時の補助にすると良いです。また、食後に水を飲むことも口内のクリーン化に効果があり、コングやナイラボーンも歯には良いものです。

 ただし、市販のハミガキ用おもちゃやデンタルガムなどは、ほとんどが効果を認められていません。アメリカの獣医歯科学会では、全米で市販されているデンタルケア製品の70%が無効という報告をしています。特に食べられるケア製品は、効果がないものが多いばかりでなく、胃腸疾患や皮膚疾患、アレルギー・アトピーなどの原因になることもありますので、使わないほうが良いでしょう。確かに簡単な製品ですが、そう簡単に事が済まないのは今までのお話でもお分かりですね。そして、人には噛むだけで口腔衛生が保てる器具やガムなどありません、この意味をよく考えてみてください。

正しい口腔内処置と無麻酔での口腔内処置の危険性
 最近、無麻酔での口腔内処置を行う病院や獣医師以外の方が施術することが増えていますが、これには大きなリスクと危険が伴います。
 
 口腔内処置は、口腔内の衛生状態の改善と歯周病や口腔内疾患の治療のために行われ、口腔内の洗浄や超音波スケーラーによる歯石の除去、ポリッシング、抜歯、根尖治療、その他疾患固有の治療が行われます。
 
 歯石は、多くの細菌と有害物質を含んでいます。これらが常時歯肉や口腔内粘膜に接し、浸潤することで歯周病や根尖疾患、口腔内疾患は進行し、悪化していきます。採食が不自由になるだけでなく、重度の痛みを伴い、難治性の口内炎や歯肉炎、顎骨を侵す歯槽骨膜炎、下顎骨骨折、口腔内と鼻腔の間の骨融解により起こる口鼻症候群、顔の骨を侵す骨髄炎などに波及します。

 さらに、細菌や有害物質を飲み込み続けることは、食道及び胃腸疾患の原因となります。また、口腔内の血流は盛んであり、これらの物質は簡単に血流に含まれてしまい、全身に送られ敗血症や心内膜炎、腎盂腎炎などの全身性の合併症を引き起こします。

 本来の口腔内のケアは、日常的なハミガキで行われるべきであり、これに勝るケアは存在しません。歯石除去薬やデンタルリンス、サプリメント、食事療法食などは補助的なものであり、デンタルガムなどはそのほとんどに効果がありません。1年に数回の口腔内処置を薦める獣医師や資料などがありますが、これは大きな誤りです。正しい口腔内処置を行っても、口腔内の衛生状態は数日しか保てず、徐々に悪化していくもので、効果はあくまで一時的です。口腔内処置を行う場合は、一度清浄化した口腔内衛生状態を、その後は日常のケアで維持することが前提となります。理想は、生涯一度も口腔内処置を受けないこと、あるいは一度処置をしたらその後は行わないことなのです。
 
 仮に1年に2回の口腔内処置を行っても、口腔内が比較的良い期間は計たった2カ月くらいしかなく、大半は汚染された状態が続くこととなり、結果的には歯周病や口腔内疾患は進行し悪化していきます。また、15歳まで行ったとなると生涯30回の口腔内処置、あるいは全身麻酔ということになり、これはかなり致命的な負担になるかもしれません。また、老齢になった時に同じように行うことは元々不可能でしょう。

 そもそも、なぜ犬や猫の口腔内処置に全身麻酔が必要かというと、一番の理由は動物に無理をさせないためであり、負担を最小限にするためであり、安全性を高めるためであり、恐怖心を植え付けないためでもあります。無麻酔での処置は、動物の性格や口腔内疾患の重症度にもよりますが、身体を長時間保定する必要があり、口を開け続ける必要があり、痛みや不快感を感じる部位に触れ続ける必要があり、突然の動作や持続的な体動に合わせて精緻な処置を施さなければならず、決して安全とは言い切れません。 

 例えば、口腔内処置中には、唾液や歯石、血液、洗浄液、薬剤などを誤飲や誤嚥する危険性が伴いますが、全身麻酔での処置であれば防ぐことが可能ですが、無麻酔では完全に防ぐことは不可能であり、また術後にもその危険性は残ります。

 さらに、特に処置前の口腔内洗浄や処置中の出血管理、処置前後の抗菌治療は徹底されなければならず、これらを怠ると前記の急性の全身性感染症の原因となります。

 また、口腔内処置は歯の表面を傷つけないよう、不整にしないように行うべき処置です。歯の表面のエナメル質は傷つきやすく、再生をしません。また、歯の表面の傷や不整は、さらなる歯垢や歯石の付着を促してしまいます。誤った口腔内処置は、一時的に歯周病や口腔内疾患が改善したとしても、その後の病状の悪化を引き起こします。
 
 さらに、歯周(歯と歯肉の間)や歯根部の処置、必要があれば抜歯こそ口腔内処置の重要な点ですが、無麻酔ではこれらを正しく行うことができません。不適切あるいは無理な処置をした場合、出血や疼痛、過度な組織損傷、骨折などを引き起こします。

 もちろん、全身麻酔には負担とリスクが伴うことは周知の事実ですし、我々も理解しています。この場合、あくまで全身麻酔の負担やリスクよりも口腔内疾患の負担やリスク、痛みや苦しさが大きいと判断されるなら、口腔内処置は全身麻酔下で実施されるべきでしょう。仮にその逆であれば、誤解を恐れずに言うと口腔内疾患を放置した方が良いと判断し、あるいはより安全な全身麻酔が可能にならないか再度検討し、そのうえで、同じ判断となるならば、全身麻酔を実施せずに出来うる処置を検討するべきでしょう。

 口腔内疾患に対する知識や技術を持ち合わせており、さらに動物の性格や体質、体調を考慮に入れて診療できる獣医師であれば、簡単ではなく適切な器具や補助、時間と手間が必要ですが、少しずつ口腔内をきれいにしていくことは可能です。また、薬剤やデンタルリンス、サプリメント、有効なハミガキガムなどを使って、完全ではなくても不快感や苦痛を取り除く方法もあります。
 
 ここに挙げた要因は、知識や技術が伴う獣医師が全身麻酔下で口腔内処置を行えば、全て完璧に、より安全に行うことができます。このうちの1つでも乗り越える能力がない獣医師ならば口腔内処置は行うべきではありません。もちろん、これらの要因全てを解決できない無麻酔での口腔内処置は論外であると言えます。
 
 そして、実はもう一点大きな問題があります。それは、全身麻酔について正しい知識がないまま、全身麻酔の負担を大きく扱い、それに比して無麻酔であることの安全性を大きく喧伝し、さらに前記の問題点を理解しないまま(理解していたら、こんなひどいことはできないと信じます)、あるいは理解しているけど説明せずに手軽で簡単で短時間に行えることを売り文句とし、無麻酔での口腔内処置を実践している獣医師が多いということです。
 
 これらの問題は、日本小動物歯科研究会およびアメリカ獣医歯科学会(アメリカおよびカナダでは、獣医師以外の口腔内処置は、たとえトレーニングを受けた看護師であっても法的に違法とされています)からも公式にアナウンスされておりますので、ご興味のある方はこれらの団体のHPを参考になさってください。尚、この資料につきましては、これらのアナウンスを参考にせずに当院での診療方針と獣医師の勉強および経験によって作成しております。
 
 これだけ多くの事実が、無麻酔での口腔内処置を否定する理由であり、実際にこれらの問題は日常的に起こっています。以上の点を踏まえ、当院では効果と安全性を重視して口腔内処置を行っております。手軽で簡単で・・・、それで完璧なことなんてことは、なかなかできません。

口腔内処置の正しい手順
1、X線検査:顎骨の診断
 歯根・歯槽骨の診断
 鼻腔内および形成する骨の評価

2、症状の評価:採食時の顔の傾斜、偏った咀嚼
 唾液の過剰や異常色・悪臭、出血
 口臭
 口の違和感、口腔周囲の掻き創や汚染、前肢の汚染
 食欲不振・廃絶
 口内や歯、歯肉の疼痛
 膿性および出血性鼻汁、くしゃみ、咳

3、口腔内の評価:口内炎・歯肉炎の診断
            新生物・腫瘤の評価
          歯肉の評価〜特に歯肉の退縮
食渣や汚染物の遺残
歯石の評価
不整咬合や歯の過長・損傷、
歯のぐらつき
顎骨・顎関節の評価
骨・歯・歯肉の違和感や痛み

4、術前投与
 抗生物質投与:歯肉炎や歯槽骨膜炎の治療として
           特に、重症例や感染が重度の場合は、術前1〜2週投与
菌血症・敗血症、多臓器感染症の予防
          術中の抗生物質濃度を高める
   消炎鎮痛剤:患部の炎症や疼痛のひどい場合の治療
         術中術後の鎮痛に対する先制効果
        
5、オゾン水による口内洗浄:口腔内の洗浄・殺菌
歯石の分解促進
脱臭・漂白・止血
              菌血症・敗血症、多臓器感染症の予防
6、スケーリング(歯石除去)
 歯石除去用の鉗子や歯石破砕器具、スケーラーなどで歯石除去を行います。本来、全身麻酔下で行うべき歯石除去ですが、無麻酔でも歯の外側の歯石はしっかりと除去できます。ただし、姑息的な処置であることを理解しておかなければいけません。

・基礎疾患や合併症、老齢などの全身麻酔の負担を考慮しなければいけない場合
・軽症で簡易な処置で充分と考えられる場合
・口唇周囲や口腔内の視診や触診、処置に我慢できる、あるいは保定で制御できる場合
・取り急ぎ、口内の病状を良くしておきたい場合

などが、無麻酔口腔処置適応となります。

〜なぜ、全身麻酔をするべきか?〜
・口腔内処置は、まずは細かく視診・触診などを行って評価する必要があります。また、細かい作業や処置が必要であるため、口をしっかりと開けること、動物が動かないこと、細かい部分や歯の裏側が視認できることなどが必要となりますが、無麻酔ではこれらはそれぞれ完全ではありません。
・口腔内の洗浄や薬剤注入、歯肉の辺縁や歯周ポケット、歯の裏側の処置は、麻酔下では行えないことが多く、実施できても完全ではありません。
・無麻酔で使用する器具は、歯の表面を出来るだけ傷つけないように処理されている特別な器具を使用しておりますが、それでも超音波による処置に比べるとキズをつけやすくなります。また、麻酔下で行うスケーリング後のポリッシングは、これらの薄いキズをさらに除去します。これらが実施できないと、歯の表面は歯石の付着しやすい状況をずっと残すことになります。
・口腔内処置は、どうしても痛みを伴い、動物には恐怖や嫌悪感を生じさせます。全身麻酔では、これらの嫌な体験を感じずに済みます。気持ちよく眠っている間に終わります。

7、全身麻酔下でのスケーリング(超音波・オゾン水による歯石除去)とポリッシング(歯表面の研磨)
 歯の表面を傷つけずに歯石を除去し、さらに既に形成されている細かい傷を研磨することで、出来るだけ歯石の付着しにくい状態を作ります。また、歯肉と歯の付着部分や歯周ポケット、特に歯肉退縮部を含み、しっかりと歯石を除去する。

8、オゾン水による口内洗浄

9、抜歯:重度の歯肉退縮
      歯根や歯槽骨の病変部
歯周囲膿瘍や歯槽骨膜炎部
咬合により疼痛がある部分
損傷・欠損歯
骨融解特に頬や鼻腔との境界部

 顎の血流の維持を考えると、極力歯は残っていたほうが良い。ただし、歯石により歯がやっと歯肉につながり維持されている場合やぐらいついている歯は、咬合時に強い痛みを発するだけでなく、すでに歯槽骨膜炎を呈している可能性が高いため、抜歯が必須となる。  

 歯が正常に見えても、歯根や歯周囲、歯槽骨に病変がある場合や痛みがあるとき、歯をそのまま維持すると炎症や膿瘍は骨に浸潤していくため、早期に抜歯が必要である。歯自体もすでに壊死を起こしているため、既に寿命は尽きており、遺残させる病害が危険である。またこれは、骨髄炎や顎骨折、骨融解の危険を回避する方法でもある。

抜歯の手順
@歯石除去および歯の洗浄
A歯肉の剥離またはフラップ切開・形成術
B境界上皮・靭帯の切開、歯肉の剥離
C歯槽骨の削除
D抜歯
E止血・洗浄

10、抜歯痕部のオゾン水洗浄、歯石・膿瘍除去、歯槽骨掻爬・削除
 同部および歯周ポケットへの薬剤注入

11、歯肉新生物・腫瘤の切除、レーザー切除・蒸散
 歯肉炎・口内炎部のレーザー照射・蒸散
 抜歯痕のレーザー照射・蒸散

12、日常のオーラルケア
・ 食後の飲水
・口内の洗浄・清拭
・ハミガキ
・デンタルリンス
・外用薬:ヨードグリセリン、LIVAV、VC、IFN
・内服薬:ラクトフェリン、VC、IFN、免疫調整効果のあるサプリメント・漢方薬

お薬について
 当院では、主に人医用の医薬品を使用することが多くなります。そもそも、日本で認可されている動物用医薬品が少ないことがその原因ですが、人医薬でも投薬が難しいもの、製品がないもの、剤型が不適当なもの、高価なものなどは使用が難しく、このような場合は日本および海外の動物用医薬品や海外の医薬品(海外の製剤は、厚労省や農水省の許可を個々にいただきます)を使用します。

 もちろん、これらの医薬品や海外の医薬品、動物用医薬品は、動物への安全性や有効性が認められている薬品であり、日本に同等の動物用医薬品がないものに限られます。もちろん、できるだけ動物用医薬品を使用することが理想ですが、必要な薬品のほとんどが日本では動物用としては製造・認可されていないのが現状です。

 薬品には、元々人医用も動物用もあるわけではなく、全て同じ成分・品質です。動物用医薬品とは、国に認可されている薬品を指しますが、日本ではまだまだ小動物獣医療が重視される環境になく、国の認可制度や開発コスト、市場規模なども関与し、動物用医薬品の開発や製造が少ない状況です。また、動物に使用できる薬効成分や適性投薬量、投薬適合性などの調整は、非常に難しいものとなります。

 薬物治療は、身体にとって有効な薬効が役に立つ医療や獣医療の中心的な治療法です。しかし、薬剤は身体にとって負担や有害となる副作用や過剰投与というものもあり、できるだけ薬剤は使用しないという考え方は医療や獣医療の基本です。しかし、投薬の危険性よりも病気の負担や苦痛の方がはるかに危険であることが多く、薬物治療を行わずに疾病を放置する危険性は高く、やはり薬物療法は重要な治療ということになります。

 例えば、動物の自然治癒力を過大評価し、「自然治癒力に任せるべき」という議論が時折なされますが、根本的に自然治癒力では抗しきれないから病気になるわけですから、この治癒力をすべて否定するつもりはありませんが、過度の期待をかけることは動物を苦しめるだけでなく、生命の危険にもつながります。この低下した治癒力をどのように助け、そして高めてあげることができるか、高められないのであれば今後の補填をどうするのか、これが治療の原則です。

 また、犬や猫たちに動物ということだけで動物の強さを期待される方もいらっしゃいますが、動物は人に比べて優れた部分をたくさん持っていますが、今の社会ではむしろ弱者でもあります。また、野生動物としてではなく人と共生する現状では、強い種だけが淘汰されている野生動物とは大きく異なり、適者生存ではなく弱い個体も幸福に生きていける動物福祉の元の生存です。このような状況で、本来動物が持っているべき治癒力だけに頼るのは、危険な発想であると言わざるを得ません。

 薬物治療の原則は、薬剤の特性をしっかり理解し、薬効や薬用量、調剤方法、副作用、投薬禁忌、併用禁忌薬などを熟知し、適切に処方することであり、特に薬品自身の危険性と濫用・誤用のリスクに注意し、これらを徹底することで薬物治療のリスクは最小限にすることができます。ただし、薬物治療の危険性は、実は薬剤の処方よりも処方された後の投薬の状況にあることが多いのも事実です。

 病気の相談を受けた際に、必ずするアドバイスは、治療や投薬を獣医師の指示通りに行うこと、疑問や不安があればしっかりと主治医と相談すること、特に自分や周りの意見、情報などは大切にしつつそれらに惑わされることなく適切に取捨選択し、これも迷った時はしっかり相談すること、この2点です。このような相談の中で、病気の悪化や治療の効果不足はこれら2点ができていないことが原因になっていることが多いです。本来は、このようなお話もインフォームドコンセントであり、前もって主治医から説明されていないことも多いのですが。

 そのため、最近では投薬コンプライアンスが大事であるという考え方が普及してきましたが、実際には世の中にお薬という存在が現れたときからこのコンプライアンスは、守らなければいけないことです。投薬コンプライアンスとは、医師や獣医師の指示通りに正しく投薬することで、決められた「量・時間・期間」を守って確実に投薬を行う「投薬遵守」を言います。このコンプライアンスについて、説明をする機会が多いのですが、これを理解していないことが治療の失敗や副作用の発現を助長してしまうと言っても過言ではありません。

 動物への投薬量は、人のように成人、小児、幼児などの区別ではなく、基本的には体重や体表面積から算出しますが(体重が100g違うだけで投薬量も異なります)、動物種や年齢、代謝、体質、体調、病状、疾患、薬品の種類などによって全て異なります。また、薬剤によって全ての薬用量は大きく異なり、同じ薬剤でも使用目的によって薬用量は変化します。同じように薬剤の副作用や使用禁忌、使用する剤型や投薬方法も上記の通りに異なります。

 一般的には、犬や猫でも使用する薬剤は異なることもあり、薬用量も投薬量も異なります。特に種差や品種差、年齢差は要注意で、犬に投薬できても猫では禁忌、あるいはシェルティ種は禁忌というようなことも少なくあります。また、同じ薬剤でも使用する年齢で大きく変わることもあります。

 最近では減りましたが、今でも時折ご自身の医薬品を減らして動物に投薬される方がいらっしゃいますが、これは誤用であるだけでなく非常に危険なことです。薬品によっては、人の数倍も服用しなければ効果の出ないものや数十分の一の量でも毒性が出る薬品もあります。

 薬品の効果は、効果のある薬品量が体内あるいは患部にいきわたった時の濃度(薬効濃度)と持続時間によって左右されます。効果が認められる濃度を持続させられるか、これが薬用量と投薬回数を決める根拠となります。簡単に言えば、服薬量が少なければ薬効濃度に達することはなく、服薬回数が少なければ薬効濃度を持続することができません。これらは、点眼薬や点耳薬、点鼻薬、外用薬なども同様です。

 例えば、1日2回、1錠ずつ服用する薬品があるとします。この情報だけで、この薬品は1錠より少ない服薬量では効果が出ないこと、薬効の持続時間は半日くらい、ということが分かります。投薬量や回数が少なくなれば、薬剤の有効時間も短くなり、薬剤が効いている時間と効いていない時間=病気が治っている時間と悪化しているあるいは治っていない時間、ということになり、薬効時間が持続できなければ薬効は半減するばかりか全く発現しないことも多く、薬剤耐性の発生や副作用の発現、病状の悪化も考えられます。もちろん、投薬量と投薬回数を多くすることは、薬効も強化されることもありますのでそのような使用もありますが、副作用や毒性の発現の可能性も大きくなることに留意する必要があります。

 投薬量や投薬回数を少なくすれば、少しだけ効く、優しく効く、などというようなことはなく、全く効かない、あるいは薬品耐性ができやすいなど必ず問題が起こります。

 投薬期間は、あくまで病気や病状がしっかり治るまで、しかも治りきって再発や再燃、悪化が起こり得ない状況まで、しっかり行う必要があります。最初に症状が改善しても、あくまで薬剤の効果で良くなっているだけで、これは治癒ではなく緩和であり、ここで投薬をやめてしまうと症状は再燃します。だいたい症状が消失してから1〜2週間の投薬が必要と考えられていますが(例えば胃腸薬や抗生物質など)、病気の種類や病状の重篤度、慢性および難治性疾患などはより4週間あるいはそれ以上の長期の投薬が必要となります。このように、早期に薬物治療をやめてしまうと病気の再燃や再発ばかりでなく、薬物治療への耐性の獲得によって後の治療にも影響しかねません。また、病状も再燃と悪化を繰り返すことで徐々に疾病は進行していき生命に関わることとなり、そこまでの進行がなくともさらに疾患の慢性化や難治性化を引き起こします。ただ治すだけではなく、最後までしっかり治すこと、最良の状態に治すことが最も重要です。

 また、薬剤によってはリバウンドを起こすものもありますが、このリバウンドは薬剤の性質のために起こるもので、副作用ではなく正しく使用すれば何ら問題はありませんが、急な投薬中止によって起こります。このようなリバウンドは減薬や多剤への移行で十分防ぐことができます(副腎皮質ホルモンやH2ブロッカーがこれに当たります)。もちろん、薬剤にはリバウンドがないほうが良いのですが、残念ながらこれらの薬剤の効果は非常に優秀で、他に代わる薬剤がないためやむを得ない部分があります。

 このように、薬剤を使用するにあたってこのコンプライアンスを守らなければその効果は表れないばかりか、デメリットが大きくなってしまいます。ご自身の判断で投薬量や回数、期間を変えてしまう方がいらっしゃいますが、実はむしろとても危険なことです。また、安易に投薬や服薬をすることも危険ですし、薬剤に対して必要以上に不安を抱いたり、その気持ちのまま投薬を続けることも決して良い結果を生みませんので、このような場合は必ず主治医と相談してください。

抗生物質について
 動物の身体は、細菌感染や可能に対して防御能が弱く、また細菌が感染巣に遺残しやすく、一度感染が起こると容易に身体から排除できません。併せて体調不良や疾患の際は、免疫力が低下しており、さらに感染防御能が弱くなります。そのため、抗生物質(抗菌薬)は人医に比べて長い投与期間が必要となるため、疾病毎の効果や長期投与の安全性、特に耐性菌の出現や菌交代現象や副作用の予防など徹底して考えて投薬することが原則となります。この原則を守って行われる抗生物質投与は、決して危険なものではなく、安全であると言えます。

 例えば、細菌感染による皮膚炎や膿皮症、膿痂疹は、軽症や浅在性の場合でも症状が治まってからさらに2週間の抗生物質投与が完治に必要であり、重症例や深在性の場合はさらに4週間の抗生物質治療が推奨されます。細菌性膀胱炎や胆管肝炎、胆嚢炎でも、軽症であっても最低3〜4週間の抗生物質投与、さらに前記のように症状が落ち着いた後にも長期の抗生物質治療が推奨されており、これらを怠ると大半の症例で疾患の再燃や再発、慢性化、難治性化が起こります。

<抗生物質の強さ>
 抗生物質はよく強弱で語られますが、厳密には抗生物質を単純に強弱で比較することはできません。しかし、下記のような考え方ができます。

@抗生物質によって細菌の増殖を抑制することのできる最小濃度をMIC(最小発育素子濃度)と言います。抗生物質の濃度が低ければ、当然最近の増殖を抑えることはできず、逆に抗生物質の濃度が高いほど最近の増殖抑制作用も強くなります。そのため、このMICが少ない薬剤ほど少量で細菌の増殖を抑えるということとなり、抗生物質の作用が強いといえます。ただし、このMICはそれぞれの細菌の種類によって異なり、全ての細菌に対してMICが低いという抗生物質は存在しません。
  また、このMICはあくまで生体外での反応であるため、抗生物質の薬物動態に左右される体内との反応とは異なります。そのため、このMICのみで単純に抗生物質の強弱は比較できません。

A抗生物質には、静菌作用(微生物の発育・増殖を阻止する作用)と殺菌作用(微生物を殺滅する作用)という作用機序があり、作用によって2種に大別されます。ただし、殺菌作用のある抗生物質が静菌作用のある抗生物質に比べて強いということはありません。

B抗生物質には抗菌スペクトルというものがあり、有効な細菌の種類と数が分かっています。いろいろな細菌に効果を有する場合、広域スペクトルと言われ、特定の細菌にのみ効果を表す抗生物質は、狭域スペクトルと言います。ただし、多くの細菌に効果を有することが抗生物質の強弱とはなりません。

C投薬回数は、その抗生物質がどの程度の時間、薬効濃度で体内に残り効果があるか、ということで決められます。そのため、回数が少ないから強力であるということはありません。

D抗生物質の血中濃度を考えるとき、ある一定の薬効濃度を長時間維持することで効果を発する抗生物質(時間依存性)と血中濃度が高いほど効果が高くなる抗生物質(濃度依存性)があります。濃度依存性抗生物質が強いという訳ではありませんが、1回の投薬量の最大化と投与回数の最小化によって、耐性菌の出現を抑えることができると考えられています。

<抗生物質の選択>
 感染症を引き起こす細菌は無数にあり、治療に使用する抗生物質にも多くの種類があり、膨大な数となります。前記のように、抗生物質が作用する細菌は異なり(感受性が異なる)、感染症ごと、原因菌ごとに適切な抗生物質を選択しなければ治療はできません。ただし、この原因菌をすぐに特定できないことが大半であり、そのため抗生物質を選択するには、いろいろな考え方が必要となります。

〇感染部位により原因菌を予測し、その原因菌に効果のある(抗生物質感受性のある)可能性の高い抗生物質を選択します。

〇抗生物質の体内分布と組織移行性などの薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄)を考え、その感染部位へ効果を発揮しやすい抗生物質を選択します。

〇抗生物質での治療を行う場合、上記のように原因菌の予測と組織移行性を考え、その2つの要素を満たす抗生物質を選択します。この時、できれば上記Bの抗菌スペクトルを考え、できるだけ狭域スペクトルの抗生物質を使用することで、耐性菌の出現を抑えるようにします。

〇病変部より原因菌を採取し、細菌培養検査および抗生物質感受性試験を行うことで、適切な抗生物質を選択する条件のうち、感受性と抗菌スペクトルからの選択が可能となります。

〇耐性菌は、特に複数の薬剤に耐性を獲得した細菌やウイルスなどの病原微生物である多剤耐性菌が大きな問題となっています。この原因は、病原微生物の突然変異によるものですが、実際には薬剤の長期使用や濫用、誤用、コンプライアンスの不遵守によって起こることが知られており、しっかり考えなければいけません。医療の質が問われています。

〇この耐性菌は、動物個体の生命に関わることになり、その時病気が治っても後々に影響することとなりますので、ただ治すのではなくしっかり治すこと、そして最良の状態に治すことが大切です。また、これらの耐性菌は動物個体の問題ではなく、環境にも影響するため、他の動物および人にも大きな問題となります。

〇実際に感染症を治療する際、地域によって原因菌が異なることが分かっています。これは、風土や環境も関わっていますが、その地域の薬物治療の内容が大きく関与しています。例えば、抗生物質の選択を改善することで、肺炎球菌が撲滅された地域もあります。

<エンピリックセラピーとディ・エスカレーション>
 前記の考え方では適切な抗生物質の選択が難しいこともあり、また予想外の原因菌である疾患であることも少なくなく、結果的に適切な抗生物質が選択されていないために治療が正しく行われないこととなる場合もあります。特に重篤例や緊急時、容体が悪化している時、早急に治療が必要であるような時、動物の負担や苦痛を和らげられないばかりでなく、治癒も不可能となり、致命的になってしまうこともあるため、広域スペクトルの抗生物質を使用します。ただし、薬剤の副作用や耐性菌の問題となるため(実際には、この治療のために現在問題となっているMRSA、VRSA、VISA、VRE、PRSPなどが出現することとなりました)、これらの治療を繰り返すのではなく、初期治療と最適治療を分け、抗菌治療を最大限引き出しながら、副作用や耐性菌の出現を抑えるようにします。

〇エンピリックセラピー(経験的な治療):初期治療
 感染症を発症した時、基本的には原因菌を特定して治療を開始することが原則ですが、原因菌の同定まで時間がかかるため、原因菌の予測と薬物動態を考え、原因菌に感受性のある可能性の高い広域スペクトルの抗生物質を使用します。

〇ディ・エスカレーション(最適治療)
 原因菌が判明することで、最適な抗生物質の選択が可能となります(もちろん薬物動態を考慮します)。この際には、主に狭域スペクトルの抗生物質を使用します。この選択により治療の最大効果(原因菌に対して大きな効果があるため、早期の治癒が期待できます)が得られるだけでなく、薬剤の副作用の軽減(特に腸内細菌の乱れ)や耐性菌の出現抑制(薬剤の使用量の減少と治療期間の短縮による)が可能となります。

ジェネリック医薬品について
 新薬は開発メーカーが独占的に製造販売しますが、特許期間20〜25年を過ぎると、他のメーカーも
同じ成分で同じ効果を期待する薬を製造することができます。

 新薬を「先発医薬品」と呼び、特許が切れた後に発売される薬を「後発医薬品」と言います。欧米では、
後発医薬品は成分の一般名(generic name)で処方されることが多いため、ジェネリック医薬品と
呼ばれています。
 
 新薬は成分の開発から始まり、有効性や安全性について動物試験、臨床試験などを経て、
数々の審査を受け、承認・申請の手続きにも多くの書類を提出しなければなりません。

 1つの薬を開発するのに、10〜15年の歳月がかかり、150〜200億円にのぼる研究開発費用が
必要になります。しかも、研究開発を始めて新薬として承認される確率は、4000分の1以下とか。
 
 このように薬の開発には膨大なコストがかかり、リスクもあり、薬価は高価にならざるを得ません。ところが、
後発医薬品の場合、既に先発医薬品で有効性や安全性は証明されています。

 品質の安定性や新薬との同等性を証明する試験を行い、基準をクリアすれば厚生労働省の製造承認を
得ることができます。その結果、開発期間は3〜4年に縮まり、コストも大幅に削減できるのです。したがって、
後発医薬品の薬価は、先発医薬品の8割以下と定められています。

 獣医師は、先に述べた通り投薬量が個々に異なるため、医薬品は製品名ではなく成分名で扱う事が多く、
加えて自ら薬剤師としての役割(薬の投与量や効能効果の適正性、誤用や副作用を防ぐなど)を担うことが
多くなります。あわせて、獣医療の診療費は保険制度ではなく実費負担になるため、
患者さんの負担の軽減も考え、ジェネリック医薬品を使用する習慣が元々浸透しており、薬の効果に問題が
なければ積極的に採用されています。
 
 最近では、マスコミの風潮で価格だけでジェネリック医薬品を勧める傾向がありますが、これは大きな
誤りです。もちろん、現状の薬剤の処方における問題点も多々あり、〜医師の薬剤に対する知識の不足、
商品名で判断する体質、採算を度外視したシステム、医療費の高騰など〜
これらの問題の解決の一助に、ジェネリック医薬品の積極的な採用は効果を挙げるでしょう。

 ただし、あくまで医薬品は効能効果と副反応の度合いで判断するべきで、
製剤によって効能効果に差が出る事もありますので、しっかりと見定めてから検討することが必要です。

在宅での皮下点滴治療について
 皮下点滴をご自宅で行うことは、決して100%安全ということではありませんが、飼い主さんの努力と獣医師や動物看護師との連携で、その安全性は確保されますし、リスクを冒してでもどうしても必要なことがあります。その理由は、遠方の方やご高齢の飼い主さん、その他飼い主さんのご事情などでこまめに通院が難しい場合や病状の重さや動物の性格など通院が動物の負担になる可能性が高い場合です。その際には、必ず在宅治療のリスクと定期的な通院の必要性をお話しします。なぜなら、このような在宅ケアを選ばなければいけない動物ほど、本来は通院していただく必要があるからです。

 そもそも皮下点滴は、一般的な投薬や食事療法などの内科治療で維持が困難な場合や病状が重篤な場合に行われる治療法であり、主には体調不良や脱水症状、尿毒症の改善を期待して行います。そのような場合は皮下点滴という治療だけではなく、問診や診察、定期的な検査による体調や病状の把握、予後の判定が逐次大切になるからです。

 皮下点滴が必要になる疾患は特に慢性疾患であり、入院治療である静脈内点滴や高カロリー輸液を必要としないかあるいは行えない、効果が期待出来ない症例になることがほとんどです。大抵は、老齢や重症例が対象となり、脱水症状の改善や維持、電解質補正や補給がその処置の目標になるわけですが、実際には身体が楽になることや元気になること、食欲増進などが求められ、かつ重要な効果だと考えられます。代表的な疾患は、慢性腎不全(時に急性も)や消耗性疾患、悪性腫瘍、老化などです。特に動物の腎不全は、仮に急性期を乗り越えたとしても慢性腎疾患が後遺症的に残ることがほとんどで、この慢性疾患もいつ突然急性化するかは予測が出来ません。そのため、治療や維持を兼ねて皮下点滴が有用なのですが、可能であればACEIやARB、Caブロッカーや吸着剤、吸リン剤、サプリメント、食事療法、基礎疾患の治療などで維持が出来ることが理想です。仮にこの治療で維持が可能であっても、治療に皮下点滴を加える意味は十分ありますが、それこそ適切な医療か過剰な医療か、予防的措置かやりすぎか、悩むところでもあります。

 在宅での皮下点滴を含めた治療には、良い点と悪い点があります。良い点は、通院無しに治療が出来ること、飼い主さんと動物の通院の負担が軽減できることです。費用も、病院で点滴を受けるよりは安く済みます。

 では悪い点はというと、まずは問診が出来ない、体調の管理が評価できない、細かい変化に気付かないことが多い、細かい相談が出来ないということがあります。これは、定期的な通院やお電話での相談などで充分フォローはできますが、毎回診療しているよりは確実に劣るでしょう。しかし、病状が安定していて、診療をしないでも良いと判断できる状態であれば、十分行えるはずです。
 
 次に悪い点は、点滴しても良い状態かの判断が正しいか、手技がしっかりしているか、これに尽きます。組織の損傷や壊死、皮下脂肪織炎、皮下膿瘍、発熱などが皮下点滴の副作用ですが、これらは明らかに在宅医療のリスクとなりますが、飼い主さんが注意を怠らず、手技に精通することでこれもフォローが可能なはずです。

 また、在宅医療は、安心できるおうちのはずが、信頼できる飼い主さんのはずが、という不安を動物に与えるのではないかと心配されることもありますが、これは大きな問題にはなりません。

 必ず客観的にメリット・デメリットを検討して、頑張りましょう。

処方食について
 処方食(特別療法食)は、栄養学の進歩と共に、特定の疾病の管理や予防のために、
特別に栄養成分を調整した食餌です。現在の獣医療では、なくてはならない治療法のひとつと
言えます。

 効果が高い反面、使用を誤れば効果が不十分なだけではなく、有害な反応を引き起こしてしまうため、
獣医師の処方や指導の元でのみ使用できます。そのため、処方食は本来、ペットショップや通信販売で
扱われるべきではありません。また、知識に欠ける不勉強な獣医師や飼い主さんの処方も危険です。
現実問題として、誤った使い方をされているケースも多く、必要ない例に使用されていたり、
なんにでも特別療法食がいいというわけではありません。

 例えば、皮膚疾患や肝臓疾患、消化器疾患、アレルギー疾患、泌尿器疾患、特に尿路結石症、
内分泌疾患特に糖尿病など、動物の中には、食事療法で辛い思いをせずに生活できている例が多くいます。
反面、アレルゲンが不明確なアレルギー疾患、診断が不確定な肝臓疾患や消化器疾患、
結石の種類を同定していない尿路結石症など、この時点で食事療法を行うことは誤りで、中には悪化させて
してしまっている事も少なくありません。

○皮膚疾患:皮膚疾患があると、アレルギー用の処方食→アレルギーでなければ意味なし、
         原因に対しての食事療法が必要
○肝臓疾患:メーカーが推奨する肝臓疾患用の処方食→原因や疾患の種類によっては無効
         または悪化も、疾患の種類にあわせて選択
○消化器疾患:高消化性処方食→原因にあわせて低脂肪、高繊維、アレルゲン除去用など
○尿石症:ストルバイト結石用処方食→尿検査・結石分析によって結石に合った処方食を選ぶ事
○アレルギー:アレルギー用処方食→アレルゲンを同定して、原因物質を使用していない食事を選ぶ事
など

<食事療法の落とし穴>
 市販で低アレルギー食という製品があります。厳密には、この名称は誤りです。低アレルギー食という
漠然としたものは世の中に存在しません。もちろん、食材を厳選し、添加物を使用していないという食事は、
ある意味低アレルギー食と言えるかもしれません。ただし、それは、制限付の低アレルギー食です。
つまり、市販の低アレルギー食とは、比較的アレルギーを起こす可能性の少ない食材で製造されています、
という意味であって、アレルギーの患者さんには大きな意味のないものです。

 アレルギーの原因になるアレルゲンは、個体ごとに異なります。ということは、低アレルギー食は、
個体ごとにアレルゲンを吟味して作られたもの以外にあり得ないのです。従って、低アレルギー食というのは、
個体ごとのオーダーか、それぞれの状況に合わせた細かい食材の選択をする、食材の質を高める、
添加物の使用を極力控える、製造が必要です。また、その中から動物に合った食事を選択しなければ
いけません。出来れば、アレルゲン同定検査を行ってから食事療法を始めるか、
それが無理であればしっかりとした評価を加えながら、試験的に給与を行っていくべきです。

 例えば、アレルゲンになりやすい肉や米、卵、これらを使用しないことが市販の低アレルギー食には
多いのですが、牛肉や卵がアレルゲンにならない動物には、この食事は特に低アレルギー食ではない
のです。

※以前の資料などには「食餌」と記述しており、獣医療ではこれが正式な用語になっています。
が、「餌〜えさ〜」という言葉はやはり適当とは思えませんので、今後は「食事」と表現させて頂きます。

処方食(特別療法食)のネットやショップでの購入の危険性について
 処方食(食事療法食)は、基本的に診療を行って初めて処方ができる食事です。名称の通り食事療法のために処方される食事ですから、あくまで治療の1つの方法であって、その効果と副作用を考えた場合、治療行為ないしはお薬の処方と同等のものと認識され、単なるペットフードとしては扱われておりません。

 適切に用いられれば病状の改善や維持、予防に役立つ効果を表しますが、誤った処方をすれば身体に負担になるだけではなく、病状の悪化や新たな疾患を引き起こす可能性があります。現実に今、この食事療法食の誤用〜特に獣医師の処方ではなく飼い主さんご自身での通販などでの購入〜による健康被害が増えています。

 食事療法中は、逐次問診にて体調や治療効果のチェックを行い、定期的な理学検査や臨床検査により食事療法が必要と判断された基礎疾患の経過観察を行います。同時に食事療法の効果と影響、副作用などの有無を確認します。あくまで、動物の身体に負担を与えていないことを主眼に、合わせて効果を判定し、治療の内容を再検討するためのものです。

 食事療法を始める際は、必要となる根拠を示し、その必要性と効能効果を検討します。そのうえで、各メーカーにより製造・販売されている食事療法食の特色や品質、効果を考えて有効な種類を選び、嗜好性と食事量を検討し、同品質同効果であれば極力低価格の食事療法食を選びます。さらに、栄養要求量と摂取栄養量、摂取カロリーを計算し、今後の計画を組み立てます。この際、基礎疾患の治療評価および経過観察と共に食事療法の効果と副作用の判定を行うに当たって、症状ないしは検査結果の評価をするためのチェックや検査の日程も同時に決めることになります。

 このような仕組みで成り立つ食事療法ですから、獣医師から処方を受けた食事療法であっても、ネットやペットショップで販売すること、飼い主さんご自身が継続して、あるいは選択して購入することは原則禁止されています。が、これには法的な拘束力がなく、あくまでメーカーと獣医師の倫理による申し送りであり、個々の善意による判断に任されています。実際はペットショップも動物病院を併設すれば獣医師の指導もなく販売でき、通販に至ってはさらに無責任な販売方法とも言えます。獣医師が治療の途上でメーカーに依頼して、飼い主さんのご自宅へ食事療法食を配送することは、どの動物病院でも可能です(一定金額以上であれば、送料は無料)。

 ただし、残念ながら処方食(特別療法食)をネットやショップで購入する方はいまだに多いです。便利で簡単、やや安価で購入できるわけですから、その危険性をご存じなければ当然のことだと思います。販売する側も、食事指導も行わず、食事療法を徹底しないわけですから、当然治療と言えるレベルにはなく、販売するだけですので簡単です。さらに、大量入荷して品質管理を行わず在庫を確保し、メーカーと大量購入でのダンピング交渉をすれば、安価に販売できます。このような仕組みで食事療法食だけではなく、動物用医薬品なども販売するという問題もあり、これは診療ではなくただの詐欺であり、そのために健康被害を受ける動物が後を絶ちません。

 残念ながらこのような事態は、獣医師が作っているという事実があります。それは、前記のような食事療法ではなく、ただの卸売業、仲買業、販売業であって、獣医療の知識も技術も必要なく、お金儲けのための販売をする獣医師が多くいるからです。また、食事療法を行うに当たって適切な指導や診療、継続治療を行わずに文字通り処方とは呼べない販売を行う獣医師(これもお金儲けですね)も多く、その大半はそもそも栄養学を正しく理解していないわけですから、根本的に誤った食事療法を行っていることになりますので、リスクも伴います。飼い主さんにはその重要性も危険性も伝わらず、治療や食事療法が目的を達成できないだけでなく、更なるリスクを生むことになっています。

 これらのことが横行しているのは、危険であると認識を持たない心無い獣医師が多いということ、しかし法的にも制限する術がなく、行わないよう注意はできても、従う従わないは当人の意思次第となります。また企業も、診療なしでは食事療法食を販売できないとしていますが、その危険性を熟知しながら、獣医師免許を持っているものがその施設の1人でもいれば法的には販売せざるを得ず、さらには企業論理で手を貸してしまっているという側面もあります。実際に、倫理のしっかりとした企業は、これらの誤った処方を行う病院には販売を拒否し、その姿勢を明確にしています。

 例えば当院での事例を挙げてみましょう。転院された患者さんに行われている大半の食事療法が(食事療法と呼べるレベルですらありませんが)、正しい食事指導を受けずに処方食を使用し、根本的に誤った食事療法を受けています。実際には、診療を受けての結果が大半ですので、これはまた診療を行った獣医師の問題となるわけですが、何度も記述した通り効果がないばかりでなく、病状の進行を早め、場合によっては悪化させ、また別の病気まで引き起こしてしまう結果となっています。

 食事療法食には、基本的にメーカーが定めた基本処方があり、それぞれ肝臓病用や心臓病用というように販売されています。栄養学を勉強していなくても、これに従えば簡単に食事療法が行えることになりますが、本来は体調や病状、経過や体質に合わせた食事療法が不可欠であり、現実にはメーカーの処方のみで食事療法を行うのは誤りです。繰り返しになりますが、食事療法は適切な食事を、正しい食事量や期間で、経過観察をしながら与えることで最大限の効果を発揮し、反面その1つでも欠けていれば、効果がないばかりでなく体調や病状を悪化する原因となります。

 同じ臓器の病気でも、罹患する動物の種類や年齢、体質は異なり、原因が異なり、病態も病期も異なります。それぞれについて、しっかりと細かく検討考察し、栄養学的にどのような治療が必要かつ正しいか検討し、適切な食事療法食を選択する、あるいは適合する食事療法食がなければ食事の組み合わせを指導する、これが食事療法です。

 例えば肝臓疾患を挙げてみましょう。肝実質の機能障害、肝門脈体循環シャント、高アンモニア血症、胆道系疾患、胆泥症や胆石・・・、低脂肪食、良質で適度な蛋白食、低蛋白食、中〜高蛋白食・・・、すべて食事療法は異なります。例えば尿石症は、ストラバイト、蓚酸カルシウム、尿酸塩、数種の合併型・・・、これも全て異なります。

 胆嚢疾患や胆泥症には、低脂肪食が有効です。しかし、これらの考察を行わず、あるいは血液検査だけで超音波検査を行わずに、肝機能障害用の食事療法を行った結果、胆泥症が悪化し、胆嚢閉塞や胆管肝炎まで進行悪化した症例があります。

 尿路結石の食事療法には、尿検査を行い結石の性状を知ることにより、それぞれの結石の性状に合わせてミネラルや栄養のバランスを整え、同時に尿の酸化・中性化・アルカリ化を行います。また、内科治療で溶解できるとされる尿路結石も、的確な薬物治療と適切な食事療法の併用で、摘出手術を行わずに結石溶解が可能な場合があります。しかし、尿検査や内科治療を行わずに誤った食事療法を行った結果、重度の尿石症や膀胱炎、腎盂腎炎に進行悪化した症例があります。あるいは、酸化効果が高く、Na添加の多い食事療法を不用意に続けたことで、別の種類の尿石症の発症や腎不全を招いた症例もあります。

 適切なアレルゲン検査やリンパ球反応試験を行い、アレルギーの詳細な解析を行ってから処方される低アレルギー食による食事療法は、難治性のアレルギー疾患を軽減させたり好転させることができます。反面、これらの手順を踏まずに、当てずっぽうに行われたアレルギーの食事療法で、重度の皮膚疾患や消化器疾患を引き起こし、あるいは重症化させた症例があります。

 適切なリンの給与の制限により、初期や軽度の腎不全や尿毒症が著明に改善した症例があります。ところが、低リン食は中〜高脂肪食でもあることが多いため、その他の基礎疾患や脂質代謝について考察せず、定期検査などを行わずにこの食事療法を行った結果、脂質異常症や肝機能障害、胆泥症、胆管肝炎、胆管閉塞、高血圧による心不全や腎不全などを起こした症例があります。
 
 もちろん、安価に簡単に購入できるというメリットは、飼い主さんにとって代えがたいものでしょう。しかしこのような販売には、動物の体調は度外視し利益重視であるばかりでなく、大量入荷によるフードの品質管理に問題が起こる場合も多々あります。これは、すでに医療行為ではなく、薄利多売を標榜する量販店と同じです。手に入れやすいということは、細かい治療ではないということです。
 
 例えば他の獣医師の診療を携わっていない別の獣医師が評価や指導をできないのと同じように、品質のチェックや管理を自分で行っていない食事療法食に対して、責任を持つことはできません。基本的には、かかりつけ医で食事療法食を購入されなくとも、体調や病気の管理はなんとか可能ですが、食事療法食についての細かい指導や管理などには支障をきたすという問題が生じます。その点は、飼い主さんにご考慮いただく必要があります。

 先に書いた獣医師の責任、これは実は獣医療の問題の中でとても大きなウェイトを占めています。ワクチン接種の接種率の低下もそうでしょう。ワクチン接種の必要性や種類の検討、指導や副反応の告知、副反応への適切な対処、接種前の説明と問診、身体検査など、ワクチン接種に当たっても本来はこれだけの仕事があります。これらの行うべき獣医療を行わずに、ただワクチンを接種していれば、時間も労力も省け、お金儲けになります。問診も身体検査もしなければ、体調の変化を見落とし副反応の発現を増加させ、さらにはこの時に早期発見できていたであろう体調不良や病気も見落としてしまいます。体調の変化に伴う生活や食事、しつけの指導や相談などもできません。それら全てを行わずにワクチン接種をする獣医師が多いため、飼い主さんたちもワクチン接種の重要性や危険性を知らされないため、不要と考えたり、お金儲けじゃないのか、そう思ってしまうのです。

 フィラリア症予防での予防時期の誤りや違法な薬剤の投与、検査を省くなどの問題も、ごく単純な勉強不足であり、手抜きであり、モラルの欠如でしかありません。

 行うべきことを正しく行う、その積み重ねの上により高度で緻密な獣医療が成り立つと思います。実に簡潔で単純でシンプルなことですが、これが行われない現状に、大きな危惧を感じます。

検査の考え方
 明確な診断、あるいは診断名をつけることは診療においては基本中の基本です。ここでいう診断とは、医学的にあるいは獣医学的に語られる診断ではなく、臨床医学的にあるいは臨床獣医学的に語られる診断を指します。前者は、確定診断となりますので結果的に生検や外科手術、病理解剖などが必要不可欠となります。後者は、問診や身体検査、臨床検査、診断的治療、治療効果による推測など、限りなく確定診断に近いながら100%の確証がある診断ではありません。

 生きている間に正しい診断が下されることは少なく、死亡してからの病理解剖で適切な診断が下される、という医学界の病理医の格言にある通り、100%の診断は実は難しいことも多く、それが全てという訳でもありません。

 診療で求められるのは、あくまで後者の診断です。もちろん前者の診断が下されればより良い診療が行えるのは間違いありません。しかし、動物や飼い主さんの負担や苦痛がその診断に伴う場合はそのメリットとデメリットをしっかりと考えなければいけませんし、確定診断が患者さんにとって必須ではない場合が多いのも事実です。また、あってはいけないことですが、診断にこだわりすぎるあまり患者さんを蔑ろにしてしまう、いわゆる病気を診て患者さんを診ない、こんなことは本末転倒です。

 しかも最も重要なことは、診断が成り立たなくては正しい治療は不可能であり、病気の予防や進行の抑制、予後の判定などもできるはずがありません。
 
 ただし、ここでいう診断とは臨床診断であり、仮に1つの疾患に絞り切れなくても、いくつかの疾病に絞り込むだけでも十分とも言えます。むしろ、獣医療の現状ではここが限界でもあります。このような場合、経過を診ながら類床鑑別診断を行うことでさらに正確な臨床診断が可能になりますので、正しい治療や予防、予後判定も可能になります。

 しかし、獣医療では驚かれるかもしれませんが明確な診断をくださない獣医師が多く存在します。その理由は、そのような教育を受けていないということに逃げる者がおりますが、それは違います。はっきり言えば、獣医師に根拠に基づいた診断や治療を行う意識が希薄であること、そして寂しい話ですがその知識や技術が足りない獣医師が多いこと、これが現実です。そしてそれは、獣医師の、獣医療の、獣医業界の未熟さであり怠慢であるとしか言いようがありません。

 僕は、仮に確証が少なくとも必ず診断名を、あるいはいくつかの診断に絞り込むことを必ず行っています。ただし、これらを行うには慎重に、そして足りないながらも根拠をもって行うという基本が大切です。この方法で行う診断が、全く方向違いであることは皆無です。もちろん、それが誤っている可能性も考慮に入れつつ、いつでも見直し考え直せる意識を持って診療を進めます。見えない病気と戦うことは不可能であり、病気が見えて初めてできることも生まれてきます。

 全く見当のつかない獣医師に最適な治療を望むべくもなく、何にも分からない獣医師に治療法や予後の判定などできるはずもありません。反して、分からないことが分かっている、あるいは何が分からないか分かっている、これこそ臨床診断をつける最大の利点となります。

 これらの実践には、詳しく適切な問診から可能性のある疾患を予測し、的確な身体検査である程度の鑑別を行い、これらを確定し分類するために、あるいは類推するために必要最小限な臨床検査を選択します。そのうえで、さらにきめ細かい検査が必要であるか、何が得られるか、その得られるものはどの程度必要か、これらを考察します。この検討を土台に、これらの検査を行う利点と欠点を比較し、技術的な問題点、動物の肉体的および精神的な負担、飼い主さんの経済的および時間的な負担や制約なども考慮に入れ、臨床検査の項目や順序を臨機応変に確定します。

 臨床検査は、健康診断や予測不可能な疾患を見つけていくスクリーニング検査と、得られた所見から類推された疾患を確定するために行う検査に分かれます。これらを正しく適切に行えば、病気であるのかどうか、病気である場合はその病態や病状、そして何が苦しく痛いか、どのくらい痛く苦しいのか、予後はどうなのか、病気でなくとも隠れた病気がないか、今後に危険性のある病気、それらの予防手段などを理解する手段であるとともに、現在行っている治療や検査が適切であるか、効果の評価、副作用の有無、合併症の早期発見など、多くの情報が得られます。

 ですから、何でもかんでも検査すれば良いというわけではなく、また当てずっぽうに検査をしても全く役には立ちません。ただし、全く予測もつかない、あるいは予測できる疾病が絞り込めないことも少なからずあり、このような場合はスクリーニング検査から篩にかけるように多項目の検査に頼らざるを得ないこともあります。

 常日頃から飼い主さんにはお話ししておりますが、検査は検査項目を検討し始めた時から始まっており、その検査が効果的か非効率的かということは検査前に実は分かっているのです。

 また、検査で大事なのはその検査の方法です。基本的には、臨床検査には絶食が必要です。食後であったり胃内に食事が残っている状態では、正確な検査結果を得ることは不可能で、結果の考察はそれこそ論外です。例えば血液化学検査では、食事は肝酵素や腎数値、などに影響し、血糖値や脂質値は判定すらできません。血清中に脂肪が多いと、血液学的検査や内分泌検査、アレルゲン検査なども不可能です。また、胃腸内に残さが多く残っている状態では、胃腸の診断ができないばかりでなく、その内容物により臓器が陰に隠されてしまったり、臓器の圧迫や変位を引き起こします。また、検査中に嘔吐などの問題が起こることも危険です。超音波検査でも、心臓の圧迫や胆嚢の変化など支障をきたします。

 さらに、検査の方法も重要です。その手技が稚拙であったり雑であれば、動物の苦痛や負担、症状の悪化を引き起こします。採血では、その手技によって溶血や凝固が起こり、検査結果が著しい異常値となります。X線検査や超音波検査では、撮影条件〜その姿勢と部位、身体へのテンションのかけ方、呼吸、記録条件(電圧や電流、絞り、露出時間、エコーレベル)など〜を最適な状態で撮影できなければ、正しい撮影写真や動画は得られず、誤った診断結果あるいは何も分からないという結果を生み出します。
 
 このように、適切な項目を正しく検査することで、初めて検査結果の評価や考察、検討をしてもよい状況になります。検査結果は、複数の検査結果を多角的にそして総合的に評価します。そのためにも、検査項目あるいは検査検査の種類は多くなることが多く、情報があればあるほどそこから導き出される答えは、より精密で、より正確であると言えます。 
 
 例えば、肝酵素が高い場合、それだけで肝臓疾患とは言えません。肝酵素は、不適切な採血や消化器疾患、骨や筋肉の損傷などで高値を示すことがあり、逆に重度の肝硬変や

 胆道系疾患では変化がない場合や低値のこともあります。また、肝臓腫瘍でも肝酵素に変化がないことが多いです。これらを考察する場合、腹部触診は重要であり、さらにX線検査での肝臓やその他の臓器の位置や大きさ、形状、陰影、および超音波検査での肝臓や胆嚢、胆管、膵臓、胃腸などの内部の評価を加味することで臨床診断はある程度まで鑑別することができます。そのうえで、血液特殊検査や内分泌検査、X線造影検査、肝生検、CT/MRI検査などを検討することができます。
 
 例えば、BUN/Cre値が正常であっても腎機能が正常とは限りません。これらの数値は、少なくとも腎機能の1/2、多くは1/4以下にならなければ異常値にはなりません。また、これらの数値は血中の尿毒症物質を測定して腎機能を類推しているだけですので、本当の腎機能を表していません。さらに肝臓疾患や蛋白合成不全、栄養障害などではむしろ低値を示します。これらを正確に診断するには、尿検査やUPC、SDMA値、X線検査や超音波検査、血圧測定などの追加検査でかなり精度が増します。しかし、内分泌疾患や腫瘍などの合併症や心臓疾患などにより腎機能が低下する腎前性腎不全(特に心腎症候群)、尿管や膀胱、尿道疾患が原因となる腎後性腎不全もあり、腎実質性腎不全でも、結石や高血圧、自己免疫疾患、腫瘍など原因は多岐にわたり、これらはさらに腹部触診や内分泌検査、X線造影検査、腎生検、CT/MRI検査などが必要となります。
 
 血糖値でも、絶食をしていない状況での高値は先に述べましたが、猫ではストレスパターンといって、大きなストレスがかかると仮に一時的でも血糖値は異常な高値となります。これらは、猫を落ち着かせてからの再検査やフルクトサミン、糖化アルブミンの測定、尿検査などで正しい評価は可能となります。
 
 X線検査で心臓が大きい場合、よく心肥大と診断されますが正しくは心拡大と言います。なぜなら、X線検査では心臓内部の構造は分かりませんので、その拡大が心筋の肥大によるものなのか、心房および心室の拡張によるものなのかは鑑別ができませんし、肥大と拡張は全く異なる病態です。そもそも心臓病にはたくさんの病気があり、それぞれ治療法は全く異なります。もちろん、撮影条件や成長時期、その他の疾患により心拡大を誤認することも多く、これらの鑑別と評価には、身体検査とくに胸部聴診が重要であり、さらに血圧測定や心電図検査、超音波検査が有用である。特殊な例では、内分泌検査やX線造影検査、CT/MRI検査、生検などが必要となります。
 
 例えば、定期検診で認められた小さな異常を見過ごされている、あるいは気付いても評価を誤っている、こういう事例も多く診ます。もっと正しく、もっと早く分かっていれば、こういう悔しい思いをしたことが数多くあります。これこそ、検査を行う意味を成さない形だけの検査であり、金儲けと揶揄されても致し方ない、あるいは藪医者と罵られても言い返すことができない、それこそ負担と苦痛だけの行うだけ無駄な検査です。見落とすくらいなら、定期検診なんてしなくてよいですから。

 ここにあげた例は多くの検査失宜のごく一部の事例であり、実際にこれらの誤りによって間違ったあるいは不適切な、不必要な治療を受けてしまっている患者さんが数多くいらっしゃいます。たった1つの検査だけでも、動物に苦痛をもたらし、生命にかかわることをしっかりと意識するべきでしょう。
 
 また臨床検査は、話さない動物たちの、痛みや苦しさを訴えない動物たちの、声や意思の表現の代わりになるものであり、検査の実施と結果の考察、そして何より結果を役立てることは動物たちとの会話だと思います。また、負担や苦痛を強いる検査であれば、そこから得られる結果は、それこそ1つも無駄にしてはいけませんし、1つでも多く役立てることを念頭に置くべきです。

 検査は、決して飼い主さんのためではなく、漫然と安心するためのものではなく、あくまで動物たちの過去・現在・未来のためであることを忘れてはいけません。

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